第6話 撮影中

 幽華はかわいい。活発で朗らか、人懐っこい性格――は一旦置いておくとして、容姿についてのことだ。肩口にかかる程度のストレートヘア。愛嬌のある丸い瞳には好奇心が宿っている。また、いつもニコニコ笑っており、自然と心を許してしまう。背丈は小さく中学生くらいに見える。そのくせ、胸部は著しく膨らんでいて、存在をアピールしているかのようだ。胸が目立つのはウエストが細いことも要因の一つだろう。制服姿なのでスカートから覗く白い脚についつい目がいってしまう。白過ぎる気もするけど、霊だし多少はね。そう、幽華は俺が評するまでもなく、かわいい。間違いなく、かわいい。ちゃんと、美少女だ。…いや、幽華に惚れた訳じゃないよ?俺は愛花一筋だからな。では、ここまでベタ褒めして何が言いたいのかというと


「コイツ、かわいいだけで全然怖くねえええええ!」


「うわ!ビックリした!急に叫ばないでほしいのだよ」


 霊にビックリされてしまったが、本当にビビっているのはこっちである。現在時刻、夜九時。学校帰りに訪れて幽華に出会った公園に再び足を運んでいた。夜に外をほっつき歩いているのは、良いことではないけど気にしない、気にしない。そんなことよりも問題なのは幽華である。心霊映像を撮ろうと意気込んで、俺と幽華は外出した。

 幽華は例の公園にいるときが最も霊力が強くなるらしく、他に候補もなかったので場所はそのように決まった。夜なので暗いかと思ったけど、街灯のおかげでかなり明るかった。カメラなんて持ってないからスマホを使うつもりだったけど、この明るさなら暗視モードも必要無さそうかな。ということで、さっそく撮影を試みた。


「まずは幽華が考える怖がらせ方で動いてみてくれ。雰囲気もあるし、いい映像になりそうだからさ。俺はここで撮影してるから」


「むふふ~。つまり、幽華の実力を見ようって訳だね。いいよ、いいよ~。昼間は失敗したけど本当はできるってところを見せてあげるよ!いや、魅せてあげるよ!」


 謎の言い直しに一抹の不安を抱えながらも、俺はスマホを構えて撮影を開始した。その不安が確信に変わるまで大した時間はいらなかった。画面に映る幽華が醸し出すのは、恐怖ではなく萌えだった。もう一度言うぞ。画面に映る幽華が醸し出すのは、恐怖ではなく萌えだったのだよ!口調を幽華っぽくした訳ではないぞ。大事なことなので協調してるんだ。撮った映像を見返すとよくわかる。幽華の表情って怖いというより、イタズラする子どもみたいな可愛らしさがあって…。可愛らしさって言っちゃったよ俺。ほら、もうこの地点で成立してないじゃん。おまけに動き方、身のこなし方も欲している怖さには程遠く、コミカルというか、ちょこまかと動いているというか…あれだ、小動物みたい。はい、アウトですね。可愛さのかたまり。癒しの化身。萌えの安売り大バーゲン。確かに幽華は半透明になったり、宙に浮いたり、幽霊らしいことはしているけど最早どうでもよかった。それくらいのレベルで可愛さに比重が傾いてしまっている。焼け石に水、ってところか。もしくは、幽霊に味塩。幽霊に清められた塩で対抗するのではなく、スーパーで買った味塩を投げつける様。ねえよ、そんな言葉。とにかく幽華には現実を突きつけねばなるまい。


「悪いが幽華よ、はっきり言うぞ。この撮った映像ってさ、どう見ても」


「うう…どうせ怖くないって言うんでしょ」


 怖くないだと?そんな生半可なものではない。俺の中でピッタリ当てはまる表現が一つだけある。そう、これは、


「どう見ても、制服JKグラビアアイドルのイメージビデオだろうがああああ!」


「グ、グラビアなのだ⁈ナヲ君は幽華のことをいやらしー目で見てたの⁈」


「断じて違う」


「ハッキリ言われるとつまらないのだよう」


 口を尖らせながら言う幽華。


「俺が言いたいのは普通に霊っぽいアクションをしても、お前はベースが可愛いんだから怖い画に全くならないの!捻らなきゃダメだろ」


「捻るって…腰を?」


「違うわ!発想をだ。って、セクシーなポーズをするな!ただでさえ可愛いんだから」


 腰を捻るというか、お尻を突き出すようなポーズをこれ見よがしにしやがって。体のラインとか分かっちゃうだろうが。


「む~。セクシーとかしてないもん!やっぱりナヲ君いやらしー目で見てるのだ。あと、さっきから可愛いって連呼しないでほしいのだ!…照れちゃうのだよ」


「何でそうなる⁈あのなあ、今さ、心霊動画撮ってんの。心霊動画に出てきた霊、幽華が可愛かったらなんか違うだろ。だって、怖いのを求めて視聴してんだからさ」


「ま~た~可愛いって言った~!やめてなのだ~!」


「だからさ、俺が今可愛いって言うのはダメ出しなの!文句なの。罵倒なの。怒ってるの。例えばグラビアアイドルが怖い顔して撮影してたら、顔が怖い!やり直し!って言われるだろ。その逆で幽霊が可愛い顔して撮影してたら、顔が可愛い!やり直し!って言われるんだよ」


 こんなシチュエーション自体が稀だけどな!


「そんなこと言われたって…、ナヲ君は幽華のこと可愛いって思っているんでしょ?それだけで幽華は嬉しくなっちゃうの!」


「なっちゃうの、じゃねーよ!撮影が進まないから、いい加減に落ち着いてくれよ。言っておくけど、今のダメ出ししてる時間中お前はず~~っと可愛かったからな!真面目にやってくれよ」


「~~~っ!また可愛いって言ったのだ⁈というかナヲ君もうワザとやってるよね⁈恥ずかし過ぎて顔が熱くなるのだぁ…」


 え?ちょっと待って?何故、幽華サンは顔を朱に染めているんだ?そんなことしたら…唯一良かった生気のない白い肌までもが、健康的な瑞々しい肌に早変わりしてしまうじゃないか!もうそれは、ちょっと空を飛べる元気なJKだよ。心霊ドコ行ったァ!…よし、一度撮った映像を見てもらおう。やはり演者に直接、現実を見てもらうのが一番だ。始めからこうすりゃよかった。


「ちょいちょい、幽華サンや、こっち来てくれ。撮った映像を幽華サンにも見せてしんぜよう」


「あ、それは見たいのだよ。あと、しゃべり方キモいからやめるのだ」


「キモい言うな。じゃあ今から映像を再生するからな。正直どうしてやったのか分からない動きもあったから、解説しながら見てくれると助かる」


「そんなところあったのだ?いいから早く見せるのだよ」


 スマホの画面をタップして撮ったものを再生する。一応音量も上げておくか。別段、台詞がある訳じゃないけどね。


―撮影しながら夜の公園を歩く俺。映像としては、街灯に照らされた公園を進んでいくだけ。うん、雰囲気としては悪くない。そんな中、ソイツは突然に映し出される。数メートル先にあるベンチに制服を着た女性と思しき人が、俯いて座っている。一瞬慄きながらも、女性をカメラでアップにすると…!太陽みたいな笑顔で顔を上げる美少女がいた。よし、一旦映像ストップ。


「おい幽華、釈明はあるか?」


「笑いながら急に、こっちを見てくる女…!不気味…なのだよ…!」


「俺には、待ち合わせ場所に彼氏が来てはしゃぐ女子にしか見えないのだが⁈」


「かのっ、ナヲ君のバカ!…まあ若干楽しんでたのは否めないのだ。撮ってもらうなんて初めてだから、浮足立っちゃったのだよ。でも、ここからは引き締めたからね。続きを見せるのだよ」


「…じゃあ、次な」


 映像をリスタートさせる。顔を上げた女は全く怖くないけど、一応ビビった演技としてカメラがブレる。女はベンチからゆっくりと立ち上がると、スーッと宙に浮いていく。その存在は半透明になり、やがて消失してしまうのだが…!消えるまでの間、地上にいるカメラが捉えていたのは空中で無防備にスカートの中を公開し続ける美少女だった。バッチリ純白のパンツが録画されていた。一旦映像ストップ。


「にゃ、にゃにこれえええええなのだああああ!」


「落ち着くんだ幽華!こっちもまさか急にパンチラ、いや、パンモロされるとは思わなくて…撮ってしまって本当にスマン!」


「恥ずかしいのだああ!これはただのミスなのだあ!あと、これは普通に盗撮なのだあ!」


 なんて不条理な理由で前科持ちになってしまうんだ。霊がいたから撮影したのに、勝手にパンツを見せてきて後から訴えられるとかさあ。新手の美人局か?


「パンツの件は申し訳なかったけど、続きを見るぞ」


「うぅ…わかったのだ」


 もう撮り直しを希望してくることは確定だけど映像を再生する。幽霊を目撃した撮影者は逃げるべく、公園の出口に走り出す。ハッハッと息を切らしながら走ることで、撮影者の焦りが透けて見える。そんな中、背後から低い呻き声が聞こえてくる。女性のものらしいその声に驚いて足を止める。カメラを後ろに向けるとそこには…!スカートの裾をキュッと握って真っ赤な顔をした美少女が、上目遣いでこちらを睨みつけていた。

 映像はここまでだ。


「で、どういうつもりだ幽華」


「怒りで握りこぶしをつくって鬼の形相を浮かべた女の霊が、鋭い眼光を向けてくる…!鳥肌モノ…なのだよ…!」


「俺には、さっきスカートの中を見られたことを恥ずかしがって、赤面しているようにしか見えないのだが⁈」


「…さっきのパンチラの後ってこともあって、ぶっちゃけナヲ君が言ったようにしか見えないのだよ」


 瞳から光彩が失われる幽華。あ、今なら幽霊っぽくなってるから撮影チャンスかも。急いでカメラモードを起動しなければ。


「まあ、ドンマイって感じなのだよ」


 すぐに元に戻りやがった。ちぇっ、このポジティブオバケめ。


「とりあえず、撮り直しの方向でいいな。パンツも映っているし」


「うん。今度はナヲ君がアドバイスくれるんでしょ?」


「そうだな。少しばかり演者の力量に不安を抱えたところだけどね。俺の言う通りに頼むぞ」


「わかったのだ。…その、ナヲ君のために幽華のカラダ、一生懸命動かすのだ。もし、必要なら言って欲しい台詞も…恥ずかしいけど、ナヲ君が喜んでくれるなら幽華も…えっと、嬉しいから。幽華を自由に使いまくっていいのだよ」


 ………はい?


「いや待て、何なんだ。良からぬ臭いしかしない発言をしないでくれ」


「ふぇ?幽華、間違ったこと言っちゃった?」


「間違…ってはいないか。でも、言葉選びに悪意を感じるというか、健全ではない何か…邪気を感じるというか」


「大丈夫?幽華のせいで、ナヲ君は…感じちゃったんだね」


「…マジで周りに人が居なくてよかった。俺をからかって楽しいかよ幽華」


「からかう?どういうことなのだ?」


 えー、これで天然なのか。ある意味、今日イチで怖い出来事だったよ。


「何でもない。それより気を取り直して撮影するからな。あと、もう少し言いたいこともある」


「えー、まだ文句があるのだ~?」


「俺が言いたいのは、根本的なところだな」


「う、お説教っぽいのだ」


「説教っていうか分かってほしいんだけど、そもそものビビらせ方が…つまらない」


「つまらない⁈」


 頭の上にゴシック体のガーンの文字が見えた気がした。


「まず、登場の仕方がつまらない。ベンチに座って俯いているだけってさ。悪くはないけど、かなり弱い登場だよ。この前後のアクションで巻き返せるなら、ベンチ座りパターンがハマるときもあるけど、そのレベルまで達していなかったよ」


「うーん、そんなこと考えたこともなかったのだ。ナヲ君ってやっぱり変な人なのだね」


「自覚はしているよ。でも、心霊が好きだからさ。それで登場の仕方だけど、幽華はどうしたらいいと思う?」


 腕組みをして数秒間考える幽華。一陣の風がサアと流れた刹那、カッと目を見開いた。


「閃いたのだ!やっぱりワッて驚かすのが一番なのだ!さっきマナカンの家に突撃したときも、いきなり壁をすり抜けて現れた幽華にビックリしていたからね」


 突撃だね。ホントに突撃だね。下手に怖がらせようとしない方が上手くいくなんてオチだけは勘弁だからな。


「王道だけど、それが一番効果的だな。何もないところから、唐突に霊みたいな普通じゃないヤツが現れたら大半の人間は驚くさ。まあ、出オチ感もあるけどね」


「出オチって、嫌な表現をするのだね」


「それ以外に言葉が見つからないからなあ。いきなり驚かすのは、それ以外に山場をつくるのが難しいから、高確率で一点突破の動きになることを覚悟したほうがいい」


「そう言われると緊張するのだよ。一気にビックリさせるときは一発勝負になるのだね。やる前に手の平に人って書いて飲み込むのだよ」


 緊張を和らげるおまじないだっけか。幽霊がやると呪術っぽくて怖いな、と思うのは俺だけだろうか。そういや、このおまじないって何で人を飲むんだろうか。後でググっておこう。


「あ、でも最後の振り向きざまに呻き声を上げながら、鬼の形相を浮かべてたヤツは良かったのだ?あれは急に現れてやったのだよ」


「うむ。結果はともかく、あれは良い発想だった。背後からの呻き声で恐怖心を煽ってからの出現。ああいうのは印象にも残りやすいし、ワンランク上の心霊だと言える」


「お~、高評価なのだ。チャンネル登録もよろしく~なのだ~」


「ユーチューバーかよ。確かに良かったけど、呻き声で注意を引くぶん、視聴者は身構えてしまうからな。やはり、普通の登場をそこでしてしまうと、ビビってくれない。助走のはずがピークになる。尻すぼみした登場になる」


「えー、上げてから落とさないでほしいのだよう」


「普通じゃない登場(笑)ではあったぞ」


「怖がらせなくちゃ意味がなーいーのーだー!」


 悔しそうに地団太を踏む幽華。浮いているので、実際に踏めてはいない。スカッ、スカッ、と足が空振りをしている。


「結局どうすればいいのだ!」


「答えは簡単だ。新しいことをすればいいんだ」


 人は常に新しいものに興味を惹かれる生き物だ。最新のゲーム、マンガ、アニメ、芸能人、スポーツ選手等々。とにかく知らなかったものを知るというのは、楽しくて仕方がない。…でも、知りたくないもの、知る必要のないものだったらどうだ?オカルト現象はそもそも怖い。ある程度、個人個人が霊のイメージは出来ていて、実際にそれが目の前に現れたら、たとえイメージ通りだとしても驚いてしまう。じゃあ、想像を超える新しいタイプの霊に出会ったら?

 何だコレは。

 普通じゃない。

 ヤバい。

 何をされる。

 分からない。

 逃げなきゃ。

 逃げられるのか。

 見ていていいのか。

 助けて。

 ――スゴク、怖イ。

 逼迫した状況と意味不明な存在が生み出す不安は、恐怖という感情に結びつく。嫌いなモノに新しさが付随される。これでいい。新しさは目立つことを第一に考えたい。気付かれないと無意味に終わってしまう。一目見て、理解されなくて危険だと分かることが理想だ。


「と、いう訳で幽華、斬新な姿での心霊をヨロシク!」


「ヨロシク!じゃないのだよ。具体的な例が欲しいのだ」


「その言葉を待っていたよ。幽華って自分の姿を現したり消したり、できるよね」


「できるのだ。そのくらいは幽霊の基本スキルだからね」 


「それってさ、素早く切り替えたりできない?何回も連続でさ」


「連続で…。やったことないけど、やってみるのだ」


 そのつぶらな瞳を閉じる。一度ゆっくり深呼吸をした幽華は、瞬く間に透けていき、やがて消えた。かと思うとすぐに目の前に現れる。もう一度幽華は消失して、気付くと出現している。現れる瞬間を認知できないような気持ち悪い感覚に陥ってしまう。そんな不可思議な心地にさせられる。そうして繰り返しているうちに幽華の消失と出現は、規則正しいリズムで行われ始める。まるで切れかけの蛍光灯の点滅のように、幽華という存在が点滅している。


「幽華、もういいぞ」


 すぐに点滅をやめて、幽華は閉じていた目を開く。


「ふ~、なのだ。どうだったかな?自分じゃよくわからないのだ」


「メチャクチャ良かったよ!すごいぞ幽華!今まで見たことのない霊になれていたよ!」


「ホントに?やったのだ!…ふう」


「大丈夫か?これ、体力的にキツかったか?」


「う~ん、疲れたかも。集中力が必要な気はするけど、できなくはないのだ」


「やっている間、幽華は全く動いていなかったから少し心配だったけど、大丈夫そうで何よりだ。しかし、やってみれば案外できるものだな」


「霊の能力でこんなことができるなんて、驚いてしまったのだ。って、自分で見た訳ではないけどね」


「あ、映像撮ってあるから見せるよ」


 撮れたてホヤホヤの点滅幽霊の動画を再生する。チカチカと点滅する幽華は動画で見ると、壊れたデジタルデータめいて見える。良い味が出ているな。


「初見だと、何だコレってなりそうなのだ」


「インパクトあっていいだろ」


「印象には絶対残るのだ。宇宙人っぽさもあるかも?」


 幽華は初めて見るタイプの心霊だからか、戸惑い気味だ。興味津々らしいので失敗してはいないかな。


「幽華は演じている側だから怖くはないだろうな。前情報無しで見たら、かなり焦るぞ」


「怖いじゃなくて焦るのだ?」


「焦りが怖いに変わるんだよ。未知のモノに対しては次に何が起こるか予想するから。そこが不鮮明であればあるほど怖くなる」


「はー、なるほどなのだ」


 一応の納得は得られたようだ。この点滅幽霊は使えそうだな。もちろん、これだけで満足するつもりは皆目ない。


「他にも動きとして、できそうなものがあるか知りたいんだ。引き続き、試していいか?」


「当たり前なのだ。じゃんじゃん言ってよ」


「そのつもりだけど無理はするなよ。さっきも疲れていたみたいだしさ」


「心配してくれるの?エヘヘ、ありがとなのだ。でも、幽華は大丈夫。このくらいでへばる幽華ではないのだ」


 両腕に力こぶをつくるポーズをしてくれているが、その細い腕は変容せず細いままだ。本人は満足そうだからいいけどね。


「頼もしいよ。じゃあ、次にやってほしいヤツなんだけど」


「うんうん、どんなの?」


「心霊写真とかでよく顔が映り込むっていうのあるだろ?まあ、心霊映像にもあるけど。あの顔だけの状態になるヤツってできる?」


「え~、できなくはないけど、疲れるから嫌なのだ」


「オイ、さっきの決意表明はどこ行った。簡単にへばるじゃん」


 苦虫を噛み潰したような顔をする幽華。


「あと、顔だけとか全然可愛くないのだ」


「可愛さとか絶対要らないからな」


 口を尖らせる幽華に釘を刺しておく。


「でも、そんなベタな心霊が撮りたいなんてナヲ君らしくないのだ」


「安心してくれ。そんな単純な手は打たない。実は顔だけになる必要はないんだ。もしできるなら手っ取り早いかもってだけでさ。幽華は壁とか天井とか、今までもすり抜けていたよな」


「今度はすり抜けなのだ?当然できるのだ」


「それは地面もいける?地面をすり抜けるの」


「地面~?なんか、ばっちいのだ。今までやったことはないけど、う~ん、やってみるのだ」


 渋々ながらも引き受けてくれた。わずかに浮遊していた幽華がユルユルと降下する。

 地に足が着き、そのままズブズブと足先、膝、太もも、そして、腰の辺りまで地面に沈んでいく。


「ふあ…、ひんやりして気持ちいいのだ」


 うっとりした声を出すヤツがいるけど、気にしないでおこう。


「問題無さそうだな。今の上半身だけ生えてるっていうか、見えてる状態でも斬新でいいけれど、頭だけ出た格好も見たいからやってみてくれ」


「つまり、上半身も沈めるってことなのだね。この冷たくて気持ちいい地面の質感が、幽華のおなかとかおっぱいに広がると思うとドキドキするのだよ」


「新しい快感に目覚めてんじゃねえ!」


 ツッコまざるを得なかった。一人で本題から逸れていこうとしているし。実況もあまりしないでほしい。こちとら健全な男子高校生なんだ。いくら霊体とはいえ、見た目は美少女な幽華が変な発言をすると気になってしまう。おっぱいとか普通に言ってんじゃねえ!幽華よ、ドキドキすんじゃねえ!こっちがドキドキしちゃうだろ!などと悶々としている間にも、幽華はゆっくりと地中に体を沈めていく。本当に恐る恐るって感じだ。


「うにゃ~、ひんやりが全身に浸透するのだ~」


 言いながらも確実に幽華の身体は、地中に隠れていく。とうとう肩口が見えないくらいまで土に浸かった。


「よし、もう十分だ。頭部だけ地面から出た状態に見えるぞ」


「あ、そう見えるのだ?本当は自ら埋まりにいっているのだけどね」


「その状態で動けるか?」


「動けるのだ。ナヲ君の方に行けばいい?」


 そう言って幽華はこちらを目がけて進んできた。頭部だけを出した状態でだ。


「見たところ状態を維持できているけど、どんな感じだ?」


「地面を泳いでいる感じなのだ。見えないだろうけど、埋まっている体で平泳ぎをしているのだ」


「ちょっと面白いじゃないか、それ。泳がないと進めないのか」


「そんなことないけど、気分的に泳ぎたかったのだ。これ、ちょっと汚いプールみたいだしね」


 メチャクチャ汚いぞ。でも、ひんやりするとか言ってたし、居心地は悪くないらしい。地面から生えた幽華の顔は、ツーッと一定の速度で動き回っている。さっきからニヤニヤしているし、気に入ったにのかな。


「ちなみに、ここから見る景色は結構新鮮なのだ」


「視点が限界まで下がっているしな。面白そうだ」


「アリさんが見てる景色は、多分こんな感じなのだ」


「小さすぎないか?サイズとしてはラジコンとかに見える」


「ラジコン!幽華ラジコン!ナヲ君操作してみて。前とか後ろとか指示だして」


 フンス!と鼻息荒く幽華ラジコンは指示を待つ。いや、やる気満々な意味が分からん。


「生首のラジコンとか普通にやりたくないから」


「えー、ナヲ君はノリが悪いのだー。ぶーぶー」


「はいはい、それでいいよ。視点が変わって動きづらいかと思ったけど、ラジコンとか言い出すくらいだし問題ないな」


「問題ないのだ。こうやって動き回っていれば怖いのだ?」


「うん。不気味な顔が地面を移動しているようにしか見えない。さらに動きの速さに緩急をつけたり、いきなり地上に跳び出したり、やれることは多いから、あとは幽華のアドリブに任せるよ」


「フフ~ン、任せられたのだ。ちょっと練習したいのだ」


 動き出す幽華(の頭)。時折、スピードアップしたり、バックしたりと、変化を織り交ぜながらキレ良く動き回る。感覚的なものもあるだろうし、文字通り泳がせておこう。


「ふへえ~。ちょっと疲れたのだ」


 動き過ぎたらしくピタリと止まる。視線をこちらに寄越したので、「大体いいぞ」と声をかけた。幽華はニヤッとほくそ笑んで、こちらに進行してくる。わざとらしく蛇行しているけど…、どういうつもりだ?


「でーでん、でーでん」


 幽華が口ずさむこの曲は、あれか。かの有名なデカい人喰いザメが出てくる映画。サメに遭遇してしまう例のシーンのBGM。


「でーでん、でーでん、でんでんでんでん、でででで!」


 近付いてくる幽華は徐々に加速していく!あのBGMもクライマックスだ。その距離約ニメートルまで迫り来た刹那。


「ざばーん!ばっしゃーん!」


 地中から幽華が跳び出してきた。予想はできていたが、勢いが良くてちょっとビビる俺。射出された幽華はもろ手を上げていて、受け止めてほしそうに見える。慌てふためきながらも幽華をハグした。すかっ。当たり前だが、幽華の体は俺をすり抜けた。両腕で空振りする格好になってしまった。


「…そりゃ、そうか」


 べっ、別に残念とかじゃないんだからねっ。


「あはは、ビックリしたのだ?」


 イタズラ成功を喜ぶワルガキみたいな笑顔だった。


「ちょっとだけど、ビビったよ。地面から跳び出すの上手いじゃないか。演出はクサかったけどな」


「酷い言い草なのだ。全くもう。急にバッ出てくる動きは霊にとっては十八番なのだよ。そこで伝説のサメの映画っぽくしたのに不評とは何事なのだ」


「気になったのは、この場合の幽華の頭はサメの背ビレってことでいいんだな?」


「そうなの…だ。んー、やっぱり、そう考えたら嫌だし、この演出はボツなのだ」


 元よりボツだよ。しかし、思い直してくれて良かった。下手に褒めると本番でやりかねない。


「この動きも採用で良さそうだな。使い勝手も幅広そうだし。もう一つ試していいか?」


「いいけどナヲ君には、まだ案があるのだ?」


「そりゃああるさ。心霊のことを常日頃から考えていると、見てみたい心霊が頭に浮かんでくるんだ」


 我ながら変な趣味だとは気付いているけどね。目の前に本物がいるのに、俺が心霊をつまらなくしてはいけない。心霊の可能性は無限大に広がっている。その素晴らしさや面白さを、本物の霊である幽華に知ってほしい。


「やっぱりナヲ君はまともじゃないのだね。一言で表すなら心霊バカなのだよ」


「それは褒め言葉として受け取っていいのか?」


「いいのだ。心霊好きのナヲ君が幽華に構ってくれて楽しいのだ。こんな変な人に出会うなんてラッキーなのだ」


「結局ディスられてない?まあ、いいや。次にやるのは空中で逆さになって驚かせてもらいたいんだ」


「え…?なんだか普通じゃないのだ?確かに珍しいかもだけど、逆さになった心霊くらいならいるにはいるのだ」


「まあな。だから、ただ逆さになるだけじゃなくて歩いてもらいたいんだ。まるで重力が反転した道が空中にあるかのように」


「マジックみたいなイメージってことなのだ?」


「人がやればマジックだろうな。でも、幽霊が逆さになって歩けば、そこにあるものはタネでも仕掛けでもない。得体の知れない闇の道だ」


「闇の道…は意味わかんないけど、これまた不思議な雰囲気になりそうなのだ」


 乗り気になったらしいので、実際にやってみた。この動きは逆さになって空中を歩くだけだ。今日だけで幽華が何気なしに逆さになるのを、何度かチェックしている。先にやった二つの動きよりも単純な動きに思える逆さ歩きは即座にこなしてくれるだろう。そう思っていた。だが、フタを開ければ、最も苦労するのはこの動きだった。幽華はパントマイムが苦手だった。実際にはない空中の道を歩くのが下手だった。歩き方がわざとらしい。ハッキリ言うとセンスがない。この感想を伝えるのも悪いので、やんわりアドバイスしていたが…うーん、良くならない。幽華もむくれてきた。


「むー、こんな動きやったことないから難しいのだ。元々ない道を逆さのままで歩くとか、足がイライラするのだあ!ぶっちゃけ逆さで移動すれば十分だもん!これ、つまんない!もう飽きた!嫌なのだあ!」


 不満大爆発しておられる。逆さ歩き、見たかったけどなあ…。無理強いした結果、へそを曲げられて逃げられでもしたら最悪だ。


「逆さで移動は普通にやれる感じか。どうしても欲しい動きって訳でもないし、歩くのはパスするよ。ごめんな、変なことさせて」


「う、そこまで言われると罪悪感が湧くのだよ」


「このくらいで罪悪感が湧くとか、幽華は本当にいいヤツだよ」


「そうなのだ?自分じゃよく分からないのだ」


「いいヤツだよ。霊なのが不思議なくらいだ。もう少しランクアップしてもいいのにな」


「霊のことを底辺の職業みたいに言わないでほしいのだ。そんな見方をしているのって、多分、ナヲ君くらいなのだよ」


 褒めたはずなのに変わり者扱いされてしまった。腕を組んだ幽華にジト目で見られて、いささか不服である。機嫌直してもらいたいけどなあ。


「…フフッ。いやいや、しょんぼりし過ぎなのだよ。ナヲ君、さっきまで逆さ歩きの指導に積極的だったのに、いきなり引いた態度になるんだもん。気を遣っているのがバレバレなのだ」


「あれ、怒ってないの?」


「怒ってはないのだ。ナヲ君の期待に応えられなくて、モヤモヤはしていたけどね。少しダダこねたら許してくれないかなーって思って、やってみたらナヲ君すんなり受け入れちゃうから。本当にいいのだ?」


「いいよ。幽華の言うことも一理あるし、ここは拘るポイントではないって結論に至ったよ」


「そっかあ。幽華的には助かるのだ。でもでも、クオリティを下げる気はないのだよ。幽華も逆さで動くのは賛成だし、違う形でアプローチしていくのだ!」


 やる気に満ちた表情で握りこぶしをこちらに突き出してくる。少年漫画みたいなことをするヤツだな。俺も応えてこぶしを突き出す。人と霊、触れることのない二つのこぶし。だが、そこに強い魂の熱を感じたのは、気のせいではないと言い切れる。


「よし、撮影を再開するか」


「あいあいさーなのだ!」


 お互いにニカッと笑い合う。これだけ撮影して、よくもまあ疲れないものだよ。俺も、幽華も。出会って大した時間は経っていないけど分かる。俺にとって幽華は最高の相棒だ。幽華に対しては遠慮せずに、ありのままでいたい。


「そういえば、ずっと気になっていたんだけど幽華が逆さになっているとき、髪の毛やスカートが、重力に従わずに状態を保っているだろ?不思議でならないんだ」


「ふぇ⁈スカート⁈」


「そうそう。スカートと髪の毛もな。やっぱり霊って謎が多いよな。多少ずり落ちてもおかしくないのに。…ん?どうした?」


 プルプルと幽華が震えている。え?もしかして、また、爆発しそう?上目遣いでこちらを見ている、というより睨んでる?


「ナ、ナヲ君の…」


「う、うん?とりあえず落ち着いて」


 スカートの裾をギュッと握りしめて、大きく息を吸う幽華。


「ナヲ君のエッチ!バカ!変態!もう知らない!あっかんべーだ!フン!」


 今日イチで怒られたのだった。この後、幽華に下心がないことを釈明するのだが、最終的に全力で土下座をして、それを見た幽華がドン引きしてとかいろいろあったけど、割愛させてもらう。俺の名誉のために。

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