第2話 足どりは揃わない

 オカルトに興味がある。幽霊という存在には特にだ。心霊映像や心霊写真を見ていると、やはり本当に自分がいる世界に生きてはいない不思議な存在がいるのだろうな、と考えてしまう。まあ、実際に肉眼で本物を見たことはないので、実は幽霊なんていないという意見も否定するつもりはない。が、火のない所に煙は立たぬ。幽霊がただのエンターテインメントとして人間が作り上げた存在と考えるのは、いささか無理がある。いると思うし、いて欲しい。それが俺、寺田ナヲの思想だった。そんなことを教室の自分の席で考えているときである。


「おーいナヲ?あ、やっとこっち見たわね。どうせまたオカルト絡みのことでも考えていたんでしょ?ナヲの考えていることなんてお見通しなんだからね」


 話しかけてきたのは、桜内愛花。幼稚園の頃から付き合いのある生粋の幼馴染だ。何かと俺のことを気にかけてくれる愛花は、高校2年生になった今でも、こうして休み時間には話し相手を買って出てくれている。ピョコピョコ跳ねるサイドポニーがチャームポイント(俺的に)の自慢の幼馴染だ。


「黙っちゃって図星なんでしょ。まあ、目を閉じてフフフ…とか言っている時点でろくなこと考えてないのは丸分かりなのよ」


「…あー、俺、そんな感じだったか」


「自覚無しなの?全く、私はナヲとは幼馴染だから特に気にならないけど、普通の人は怖くて近づけないのよ。ナヲの放っている雰囲気はさ」


 ぶっちゃけ俺はクラスでは浮いている存在だった。大好きなオカルトのことを考えていると、不気味に笑ってしまうらしい。俺自身はあまり自覚がないのもタチが悪い。こんな感じなので、クラスのみんなとの距離がある気がする。この間も我がクラスの委員長がプリントを回収しに俺の席まで来たのだが、俺に対しての怯えようと言ったらなかった。呼吸を乱し、顔面蒼白。脚をガクガク震わせ、身を縮こませながら、「あのう…プリント」と、申し訳なくなるくらい怯えられてしまった。


「私としても幼馴染がクラスで浮いちゃうのは癪だから、友達に悪い奴じゃないって言ってはいるんだけどね。なかなか上手くいかなくて…逆に私の方が物怖じしない度胸のある女子みたいな位置付けされる始末よ」


 ちなみに度胸はあっても、本物の胸は水平線の如くなだらかである。


「迷惑掛けているみたいで悪いな。でも、愛花がいてくれるから、今みたいに毎日を楽しく過ごせているよ。ホント、サンキューな」


「なっ…、そういう恥ずかしいこと、よく言えるわね。べ、別に私が好きでしてることだからいいのに……あ、す、好きってそういう意味じゃないからね!あくまで友人として、幼馴染としてのことであって」


「うん、分かってるよ」


「…そうね。分かってるものね。…はあ」


 うーん、何となく愛花がしょんぼりしているような。なんとなく謝った方がいい気がして声を掛けようとすると。


「オイ、寺田ァ~、愛花ちゃんとイチャイチャしてんじゃねーよぉ」


「…別にそんなつもりはないんだけど」


 俺の両肩に手をついて体重をかけてくる。こいつは飯島。クラスメイトだけど、絡みが面倒で得意じゃない。


「ちょっと飯島君、ナヲが重そうにしてるからそれくらいで…。」


「いやいや、愛花ちゃん、男同士の軽い挨拶よ、こんなもん。誰にでも優しいなんて愛花ちゃんはすげえよ」


「…そのちゃん付け止めて欲しいって、前にも言ったはずなのだけど。今時、クラスメイトをそんな風に呼ぶ人なんていないわよ」


「う~ん、愛花ちゃんは怒っていても可愛いね」


 愛花がブチ切れる音が聞こえた気がした。俺の手を掴んだ愛花は「行こ」とだけ言って引っ張る。教室の入り口辺りまで言ったところで、飯島がこちらに回り込んできた。


「まあまあ、ウェイト、ウェイト。今は寺田に用があって来たんだから連れて行かないでよ愛花ちゃん~」


「…ナヲに?」


「…ホントに俺に用があるの?」


「そう言ってんじゃん。あのさ、寺田って幽霊とか詳しいんだろ?心霊スポットとか行きたくねえか?近場であるんだよ。出るって噂が絶えないところがさあ。興味あるだろ?いざってときは幽霊詳しい奴がいると何とかしてくれそうだしさ。」


 捲し立てるように早口で言う飯島。それを聞いて愛花も黙っちゃいない。


「何それ、ナヲにメリット一つもないじゃん。そんな危ないところにナヲを巻き込まないでくれる?話は終わりね」


 愛花の気持ちは嬉しい。でも、一つだけ気になることがある。


「んと、飯島はそんなこと言うってことは、もしかして俺が行かないとしても、その心霊スポットに行く気なの?」


「行く気だな。で、寺田がついて来てくれたら、オレとしてはハッピー。寺田もそういうの興味あるんだからハッピー。ほら、ウィンウィンじゃね?」


「そんなのアンタが勝手にそう思っているだけじゃない!ナヲ、相手にする必要ないよ」


「愛花の言う通りだよ。俺に構わないでくれ。ただし…」


 一拍置いて譲れない意見を主張する。


「飯島がそれでも一人で行くくらいなら…俺も行く」


 瞬間、目の前に愛花が割り込む。サイドポニーが激しく揺れる。


「ちょっとナヲ!馬鹿言わないで!こんな奴放っておけばいいのよ!」


「いや、駄目だ。近所の心霊スポットって、この辺りじゃ一つしかないんだけど、マジで危険な場所だから行かせられない」


「じゃあ、尚更だよ!」


 愛花の主張はもっともだった。俺も出来ることなら行きたくないんだけどね。


「じゃあ、一緒に行くってことでいいな。今度の土曜の午後4時決行だ。場所は寺田の考えてるところで合ってるだろうよ」


 ニヤニヤしながら饒舌になる飯島。


「飯島が良くない場所に飲み込まれないように監視するだけだからね。君が飽きてくれたらすぐにでも帰れるんだけど」


「釣れないこと言うなよ」


 不本意だけど、遊び半分でそういう場所に近づくのは防ぐ。曲がりなりにもクラスメイトである飯島に悲惨な目に合って欲しくなかった。


「待ってよ!」


 耳をつんざくような声だった。愛花は飯島をキッと一瞥してから、


「私も行く。二人で行かせるの嫌だし。ナヲは行く気みたいだし。それなら…私も行く」


「え、愛花は来なくていいよ。危ないよ。」


「それはナヲだって同じでしょ。ナヲが行くんだったら…行くから」


「いや、でも…」


 無理してるのが分かる。いやでも感じ取れてしまう。


「いいじゃん!愛花ちゃんの参加なら大歓迎だよ。なんなら寺田抜きで二人でもいいけど」


「いや、それは駄目だ。愛花が危ない目にあったらどう責任取る気だよ、飯島」


「ナヲ…ありがと」


「ちっ、まあいい。じゃあ三人で行くぞ。すっぽかすなよ」


 自分で提案したはずなのに、苛立ちながら飯島は自分の席に戻っていく。愛花は何か言いたそうにしているな。


「とりあえず、放課後に俺の家に来てくれないか?こんなことになってしまった訳だし」


 先回って伝える。


「うん。正直言いたいことは山程あるけど、今は飲み込んであげる。帰ったらすぐに行くから」


 数秒後、無機質にチャイムが鳴った。


 俺と愛花の家は道路を挟んで、ほぼ真正面にある。お互いの部屋はカーテンを閉めておかないと、遠目ではあるが中が丸見えみなってしまう。現在、件の話をするために愛花は俺の部屋を訪れていた。ちなみに愛花はベッド(俺の)に腰かけていて、俺はカーペットの床に正座している。うう…叱責を浴びる為に呼んだんじゃないのに。


「いい?ナヲのいいところは確かに優しいところだと私も思うわ。でもねえ。今回ばかりは不要なことだったわ。私はナヲが本当に心配だから、今回は同行するけど次は絶対に付いて行くんじゃないわよ。大体もっとやりようはあったと思うのよ。電話して案内するとか、心霊スポットでも何でもないところに行くとか。やっぱり私は即座に答えを出す必要は全くなかったと思っているのよ。」


 口を挟む隙を与えてもらえなかった。ひとしきり言い終えた愛花は、先程俺が準備したグラスに入ったリンゴジュースを一気に飲み干した。他所の家でやっちゃ駄目だぞと思った。思っただけで言わない。


「うん。じゃあそろそろ反論があれば聞こうじゃないの」


「全くもって愛花の言う通りでございます」


「そういうのいいから」


 平伏したのにあしらわれてしまった。辛い。


「改めて考えてみると愛花が来ることのほうが、しなくてもいいことなんだよ?多分、飯島って愛花のこと狙ってるし」


「そんなこと分かってるもん」


「じゃあ、口車に乗って俺と一緒に来ちゃ駄目でしょ」


「ナヲに守ってもらうからいいもん」


「俺は愛花の兄貴か何かかよ!」


「ふんだ。てか、ナヲは自分の心配をしたほうがいいでしょ。アイツ、いざとなったらナヲを盾にする気満々なんだから」


「別に俺だって霊媒師的な力を持っている訳でもないし、何かあれば一目散に逃げるさ。得体の知れないものには、そもそも近付いちゃいけない。だから、飯島が出向くのを止めさせられるのが最善なんだ。多分叶わないけどね」


 飯島は愛花を狙ってるから、愛花が来るように俺をダシに使った。愛花はそれに乗せられていると理解しながらも、俺を慮って来てくれる。諦めてくれると助かるのだが…。そして俺、寺田ナヲ。腐ってもクラスメイトである飯島をみすみす良くない場所に送り出すのは不安だ。何もせずにいるなんて出来ない。考えるより先に行動しての現状だ。


 ――なんて。


 もっともらしい言い訳をしている自分が滑稽だ。俺は大のオカルト好きだ。本当のところは自分が行きたいだけ。しかし、一人で向かう度胸もなかった。そんな折、飯島が渡りに船の申し出をしてくるものだから内心ではほくそ笑んでいた。もしかしたら、心霊スポット自体に興味を持っているのは自分だけなのかもしれない。こんな欲望のせいで愛花に迷惑を掛けているんだ。この願望を悟られる訳にはいかない。


「ところで当日に向かう心霊スポットなんだけどっていうか、この辺にはあそこしか心霊スポットってないんだけどね!」


「ちょっ、テンション高い」


 おっと、いけない。ついテンションが上がってしまった。


「まあ、ナヲがそういうの好きなのは知ってるけどね。…ん?まさか、本当はそういうのが目当てで」


「いやいや、俺は実際にそういう場所に行くのは危険だって結論にちゃんと至ってますからね、マジで」


 この発言自体は本音だ。でも…それでも行きたくなるのがオカルト好きの性分らしい。ちなみに幼馴染である愛花には当然のようにオカルト好きという趣味嗜好は把握されている。飯島は俺と愛花の会話を盗み聞いて知っていると思われる。他に知っている人は高校にはいないはずだ。自分から公表することでもないからな。伝えても基本的には引かれる。オカルト好きは肩身の狭い趣味なのだ。


「それで、どういうところなの?その心霊スポット」


「うん。まずはこの映像を観て欲しいんだ」


「えー…あんまり気は進まないけど、観ないと話が進まなそうだし観るわ」


「座布団一枚だな」


「そういうのいいから」


 スマホを操作して動画ファイルから目当ての映像を再生する。


「あのね、ナヲ。普通心霊映像がスマホに入ってるのは、あまりにも異端だからホントに気をつけるのよ」


「弁えるようにするよ。で、この映像なんだけど」


「うん。話の流れ的にその心霊スポットが映っているのかしら」


「聡いね。そうだよ。ここに映っている場所だ」


 映像は大学生のサークルが肝試しで夜に心霊スポットを訪れている場面から始まる。男二人に女一人という奇遇にも、今回の俺たちと同じ男女比だった。その三人が肝試しには似つかわしくない賑々しさで歩を進めていた。この映像はナレーションが付いており、限界まで声色を暗くした男性ナレーターが不安を煽る前置きを語る。


「これっていわゆる投稿映像ってヤツよね」


「そうだね。自分たちの身近な場所が出ているとびっくりするよね」


「私はこの喧しい人達が、どこの大学生なのかが気になるわ」


 当然のことながら彼らの個人情報はおろか、映像に映る場所が何処かなども伏せられた状態である。人物の顔や場所が特定されそうな看板などにはモザイクが掛けられており、声も加工されている。


「…このトンネルが心霊スポットね」


「その通りだ」


 ここまでは大学生が騒いでいるだけの映像だったけど、ここからが本番だ。トンネルを進んで行くとコツン…コツン…と彼らのものではない足音が聞こえてくる。撮影者はカメラを振って辺りを見回す。他の二人もたじろいでおり、現場に緊張が流れる。次にカメラを振った瞬間、いた。真っ黒な服に身を包んだ色素の薄い男が、ぐにゃりとした笑みを浮かべて立っている。


「ひゃあ!」


 愛花が驚いたらしく俺に抱き付いてきた。


「よ、よしよし、怖くないぞ~」


「怖いわよ、バカ!」


 ド正論だった。既に視聴済みの映像なので俺は驚かない。け、けど!愛花に抱き着かれるなんて、まさかの展開過ぎる!何が問題かって、う、腕に愛花の胸が押し付けられちゃってるんですけど!


「ひ、嫌だよう…」


 怖がって更に俺にくっついてくる愛花。柑橘系の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。元々スマホを二人で覗き込む体勢で近い距離感だったのに、今やゼロ距離であり、体温が色濃く伝わってくる。ギュッと目を瞑り目尻が潤んでいる。全く素振りを見せなかったけど、怖いのは苦手だったらしい。もう少しこのままで…なんて考えているとするりと力が抜ける。口をへの字に曲げた愛花がゆっくり俺を解放する。


「…抱き着いてゴメン。でもでも、こんなに怖いなんて聞いてなかったし、ナヲも悪いんだからね!」


「そ、そうだな、ごめんな。まさか愛花がこんなにビビるなんて思ってなくてだな。だっていつもオカルト系の話してもそんなに動じてなかったから」


「話は大丈夫なの!実際にあんな気持ち悪いの見たら無理に決まってるでしょ!分かれよバカナヲ!」


 いつもは物怖じしない愛花が泣きべそをかきながら猛抗議してくる。そんな彼女を見ていたら守ってあげたくなる。と同時にもっと怖がっている姿を見たくなるような気もして…いかん、自分の中に変な感情が芽生えそう。


「…もし当日にこんなのに出くわしたら…ちゃんと守って…私、腰抜けちゃうかもだし…」


 プツッと。自分の中の何かが千切れた。


「もちろんだ!愛花を危険な目に合わせるようにことには絶対にしないから!腰抜けても俺がおぶって運ぶから!だから安心して」


 目の前の華奢な体をギュッと抱きしめる。女の子にここまで言わせて応えない訳にはいかなかった。


「なななな何?なんで私抱きしめられてるのお!」


「今はこんな形でしか応えられないけど、俺に愛花を守らせてくれ!」


「ふええ!わ、分かったからあ!落ち着いてよお!」


 ようやく気持ちが伝わったらしい。俺の腕の中で小さくなっている愛花を解放する。プルプル震えながら真っ赤な顔をした幼馴染がいた。


「フフ…やってくれたわね」


 こちらを睨み付けてくる愛花。正直なところ全然怖くない。


「今日のところは解散にするわ!覚えてなさいよね!」


 悪役のような捨て台詞を残して、足をもつれさせながら俺の部屋を出ていった。窓から外を眺めると、うん。愛花発見。俺達な家が道路を挟んで向かいなので、目の前の家にダッシュで駆け込む愛花をあっさりと視界に捉えた。さらに俺も愛花も二階の道路側の部屋が自室なので、お互いに丸見えである。あ、愛花が部屋に戻った。こっちに気づいたっぽい。スマホ操作してる。ん?俺のスマホに愛花からLINEがきたみたいだ。


「ナヲなんかオバケに襲われちゃえ!」


 あと、斧を持ったクマのスタンプが送られてきた。向かいの窓を見ると愛花があっかんべーと舌を出していた。あ、カーテン閉めた。…明日はジュースでも奢るか。

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