第45話 新たな来客?②


 持ってきていた鏡は突然光り出し、アレンが慌てて包んでいた布を取り払う。

 お義父様はアレンに向かってひとつ頷くと、それに応じたアレンは何やら準備を始め、こちらに向き直した。

 


 「突然で申し訳ありませんが、今回来られなかったアレンの両親がどうしてもお話したいと通信鏡を持って参りました。お話しいただけないでしょうか。」



 へぇ、両親。アレンの両親…。

 それってもしかしなくとも国王陛下と王妃様かな?でもこんな簡単に話せる訳ないか、と半ば思考停止した脳みそで結論に至る前に、オーレリナは冷静に「もちろんです」と承諾の旨を伝えていた。


 机の上に布を敷き、その上に鏡を置く。

 何やらお義父様が鏡に手をかざして短く呪文を唱えると、部屋の中を映していたはずの鏡面が波打ち、みるみる違う景色を映し出す。

 そこには式典で見かけるような飾緒などがないシンプルな装いをした国王陛下と、落ち着いた色のドレスに身を包んだ王妃様がいらっしゃった。

 



 「どうしてもご挨拶願いたく我儘を言いました。アレンの父のフィリップ・サルファス・パルモティアと申します。隣は妻のサニシーラです。」


 「初めまして、アレンの母のサニシーラと申します。」



 鏡越しでも伝わるオーラが凄い。

 陛下は若白髪のようで髪が真っ白なため元の髪色は分からないが、王妃様は綺麗な金髪だ。現在のお二人の髪色からアレンのような黒髪が生まれてくる想像がつかないが、陛下はもとは黒髪なのかもしれない。

 それよりも国王が平民と普通に会話して詫びている、目を疑うような光景を目の前にして私の脳は現状の受け入れ拒否を始めていた。

 母からヒヤリとした声色で「ユリカ。」と名前を呼ばれ、この場に意識が戻る。周りが私を見ていることに気付き、慌てて自己紹介をする。私が固まっていた間にいつの間にか話が進んでいたらしい。



 「アレン、ヘンドリク。変わりなさそうだな。アメリア殿には愚弟が本当世話になっている。会話の骨を折ってしまったようだが、反応を見るにこちら側の事情は伝わっているようだね。」


 「えぇ。今はオーレリナ様がビーレンサイツ王国の末裔であることをお話し頂いていたところです。」



 陛下はゆっくりと腕を組み、「ふむ、やはりそうであったか。」と特に驚きもせず受け入れていた。

 話によるとアレンの呪いが解けたすぐあと、現場にいたキリアンが私の手紙に使われていた印章について進言しており、ウィンスレット家とビーレンサイツ王家との関連の可能性を考えていたのだそうだ。

 また過去の王女の輿入れの際に、良い印象を持ってもらおうとビーレンサイツの伝統衣装をつくったため、細かい模様などの資料があるらしい。それと同じ模様のものを今オーレリナが着用していることから、見た瞬間から察していた。

 そして陛下はすごくよくビーレンサイツ王国のことをご存知だった。

 それに対して祖母に教育を叩き込まれたのか、母もどんどん難しい話を進めていく。


 こんなに簡単に血筋がバレちゃって隠れて生きていた意味がないじゃないかとも思うけど、ここは元々友好国だったパルモティア王国だし、もう忘れられた歴史だから良いのかもしれない。



 「陛下。王国の話も大切ですが、今は最も重要なオーレリナ様にこの婚約を認めていただけていない状況です。本人達の意志でないと承認は難しいと。」


 「それはそうであろうな。…アレン、ユリカさんとの婚約についてどう思う?」



 突然話が戻ったことに思わず身体がビクッと震える。

 本人達の意志と言われても、この場ですぐに上手い言い方が思い浮かばない。



 「大変有り難く思っております。彼女が嫌でないのであれば、ぜひ進めさせていただきたいです。」



 有難い…か。

 緊張しているだけなのかもしれないが表情も固い。

 アレンは至極真面目な顔をして、陛下に向かっている。



 「アレン、違うだろう。ちゃんと伝えないと伝わらないのだぞ?」


 「…?………………そう、ですね。私はユリカと婚約をしたい。そしてこれは私の提案であって、両親は関係ありません。」



 あまり表情は変わらないが、声色からすこし焦った様子だ。

 その証拠に彼の視線は陛下と母の間を右往左往している。

 沈黙の間が気になるから、今度問い詰めよう。



 「うーむ…そうではないのだが、まぁ今この場でというのも難しいか。ユリカさん、オーレリナ殿。息子は緊張しているのもあるかもしれないが、育った環境もあってこの方面にはとんと疎いのです。これでも親ですから、呪いこと抜きにしてもユリカさんと結婚したい気持ちが強くあるのが分かります。勿論無理強いしようなどとは思っておりませんが、息子の想いを信じてくださらないでしょうか。」



 そう言って、国王陛下は深く頭を下げる。

 隣の王妃様も一緒に。

 


 「顔を上げてくださいっ!」



 慌てて声を上げるも、オーレリナから静止の手が入る。



 「ユリカは?あなたは本当にアレン君との結婚で良いの?後悔しない?あなたの…私の大事なだいじな娘の、一生に関わる大切なことなのよ。」



 そんなの。もうとっくに腹は括ったし、答えは決まっている。

 それに、"アレンだから"こそ──。



 「えぇ、ここまで言ってくださってるしお受けするわ。それに…彼のことを信じてるの。」


 「そう…本当に良いのね?」


 「うん。」


 「そこまで言い切れるなら、良いかしら。…分かりましたわ。この婚約、承認致しましょう。」


 「ありがとうございます!これからよろしくお願いしますね。」



 こうして、ユリカとアレンの婚約は正式なものとなった。

 誓約書にサインをし、既に決めていた学生の間は婚約は公表しないことなどを含め今後の流れを話していく。

 自分の部屋で待機していたグレンも紹介のために呼び、いつの間にかアレンとも話しており、仲良くやっていけそうな2人を見て胸を撫で下ろす。



 最後に陛下は私とだけ話がしたいと言って、鏡の前に座らされる。

 他の皆は鏡から離れ、帰りの支度を始めていった。



 「ユリカさん、貴女には感謝してもしきれない。アレンのことだけではない、あの痛み止めは効いたよ。それにゾレナ殿には内密に聞いたのだが、君があの薬を主導して作り、治療法に助言してくれたのだろう?」



 そう言って、国王陛下は髪の毛に手を掛ける。



 「詳しいことは分からないが、事前に言われてた通り髪の毛もほら、ほとんど抜けたが病は治ってきているそうだ。近々ゾレナ殿を通してになるが正式に謝礼を送りたい。もう暫く息子たちに迷惑かけずに国王という仕事ができそうだよ。本当にありがとう。そして、これからは家族としても宜しく頼むよ。」


 「そんな、身に余る光栄です。こちらこそ不束者ですが宜しくお願い致します。」



 涙ぐむ王妃の隣で、国王は笑顔だった。

 癌の治療は上手くいっているようでひと安心する。

 細胞分裂の盛んながん細胞を叩く治療法は、同様に細胞分裂スピードが早い毛根の細胞にも強く働きかけてしまう。

 つまり国王の頭は禿げており、──ズラだったのは心にしまっておこうと思う。

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