第44話 新たな来客?①


 ビーレンサイツ王国は長い間穏やかな王が治め、平和な中立国として存在してきた。

 それが一変したのは、突然隣国に攻められ敗北した時。

 穏やかとはいえ国防はしっかりしていたが、卑怯かつ残酷な手を使われ敗れ、見せしめに王族は次々と殺されていった。国王夫妻にその息子達、そして王族を退き地方に隠れていた王弟達まで全員探し出され殺されたのだ。


 しかしながら人知れず一人だけ生き残った王族がいた。

 その名は、フィターサ。

 社交界デビュー前ということもあり顔を知られていなかったおかげか、はたまた隣国が酷く男尊女卑思考で女児を生かしておいても問題ないと思ったおかげか分からないが、フィターサは命からがら逃げ出すことができたのだった。


 彼女は大きく年の離れた兄が5人いて、老年で国王夫妻がやっとのこと授かった待望の女の子。

 そんな親からだけでなく兄達からも愛されしっかり厳しくも甘やかされて育った姫は、わずか14歳で全てを失い、服は売れるよう重ね着し持てる荷物だけを持ってひっそり市井に飛び出す。


 逃げ出したあとはとにかく不安で仕方がなかった。

 同じ所に長くは留まらず、周りに顔を覚えられる前に次の町へと転々と移ろい、隠れながら生き延びるため働く。

 良く手入れされて美しかった髪は荒み、乾燥を知らなかった指先は切れて血が滲み、日焼けなど一切覚えのない白くて綺麗だった肌にはそばかすができていた。

 それでも成長する度に、城の部屋に飾られていた絵のひとつにあった若い頃の王妃に似ていく自分の顔を見て嬉しい反面、バレたら殺されるかもしれないという恐怖で押し潰されそうになる。

 そんな屈辱と恐怖を噛み締めながらの生活はフィターサに多大な心労を与え、いつしか希望を持つ事さえ忘れてしまった。


 

 そんな生活にも慣れ片田舎の小さな宿で偽名を使って働いていたある日、1人の旅する薬師と出会う。

 最初は疲れた顔をしていたフィターサを心配して少しでも癒そうと、宿の小さなキッチンを借りて 持っていたリラックス効果のあるカミツレ草でハーブティーを作ってあげただけなのかもしれない。

 だがそれが、いつ殺されるかわからない緊張で眠れない毎日を過ごしていた彼女に久々の深い眠りを与えた。

 そうして初めて自分が気を張りすぎてきちんと眠れてすらいなかったことに気付くきっかけとなったのだろう。

 フィターサは心から感謝し、お礼を述べた。

 それからその薬師は時折ハーブティーを作ってくれるようになった。

 また彼は客であるにも関わらず宿の仕事を手伝ったりもして、フィターサは不思議で仕方なかった。


 やがてその薬師はフィターサと恋人になりたいと申し込んだ。

 しかしながらフィターサはすぐに断った。

 事情は言えないが自分はひとつの場所に留まることができないから、と。

 それでも薬師は諦めず、元々旅をしているから自分もどこかに留まる必要はなく、ただ貴女と一緒にいたいだけだと説得を続けた。


 フィターサが30歳を超えた頃、世の中はビーレンサイツ王国のことを忘れ新しい生活に慣れてきていた。

 被害の激しかった地域も復興が進み、以前の活気を取り戻したように見える。

 そんな中、また新たな地で2人はやっと付き合い始めたものの、結婚はしていなかった。

 彼は平凡だが整った顔をしており、優しく話も上手であるため女性から声をかけられることもある程地味にモテる。会話の中で同い年であることが分かっているのだが、今の時代では10代後半から20代前半で結婚することが多い。それなのに、転々とし名前すら変えて別人として生きるフィターサについてきているのだ。

 あんなに拒んでいたお付き合いを始めたのも、彼の諦めが悪過ぎるのと部屋代が浮くこと、一緒にいることが多いにも関わらず関係性を聞かれた時の説明が妙だとおかしな目で見られる為カモフラージュを兼ねていた。

 「私と一緒にいると人生無駄にするわよ」と伝えても、「幸せだから全く無駄じゃない」と何を言っても側に居ようとするので、いつしかそういう類いのことを言うのは諦めた。


 フィターサは彼のことをとっくに愛していたが、同時に監視してたり殺す機会を伺っているのではないかと疑心暗鬼になっていた。

 そんな状態で結婚などと他人を信じて全てを委ねることなど出来ようか。

 自分の気持ちを抑えて耐えているのに、全力でそれを壊そうとする彼が憎くて嬉しくて仕方がなかった。



 40歳を過ぎて、生(せい)にしがみつくのも疲れたフィターサは、もう何度目か分からない薬師からのプロポーズを気紛れに受け入れた。

 この世界の平均寿命は50歳程度だったため、もう見つかって殺されても良かったのだ。

 その後堂々と結婚しても平和な日々が続き、奇跡的に授かった女の子に"オーレリナ"と名付けた。





 *





 「母の死に際、形見についてとともに母の生い立ちからの人生を 母の補足を混ぜつつ父から聞きました。信じるか否かはお任せ致します。」



 オーレリナによると、その父もまたビーレンサイツ王国の貴族だったのだという。

 王国がなくなり同時に平民となる以前は王城に出入りしており、デビュー前のフィターサを見かけていたそうだ。

 その後伝手を辿って薬師の修行の末旅に出て名前を変えて生きている彼女に恋をしてから、ずっと一緒にいたことで途中で王女だと気付いたのだという。しかもそのことを母の死に際で初めて話したようで、母も驚いたのか少し笑ったように見えたのだった。




 オーレリナがビーレンサイツ王家の生き残りの子孫であることは、つまりユリカも四分の一はその血を受け継いでいるということになる。

 確実に子孫であることを証明することはできないけれど、母が持っていた印章とドレスは十分信用できるものだった。



 「こちらは勝手に推測していたくらいですから信用致します。でもそうですか…直系とまでは思いませんでした。これまでのご無礼をお許しください。」


 「とんでもないですわ。祖母が家を飛び出てから、我が家は一平民に変わりはないのですから。それにしても、どこまでご存知か分かりませんが、祖母はとっくに見つかっていたんですね。」



 こちらも説明を、とアレンお義父様が佇まいを直した瞬間。


 突然、アレンが抱えていた鏡が光り出した。

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