第43話 挨拶②
「この婚約、正直に言うとあまり承認したくありません。」
────ん??
この声は、生粋の庶民の、私の母の声のはず。
生まれてから寮に入るまでの12年間、毎日聞いていたのだから間違えるはずはない。
そしてこの部屋で母が会話してるであろう相手はお貴族様方で、それはそれは我々との間には計り知れない程の身分差というものがあって。
学校内では校則の元、対等に接する義務があるのでクラスメイトの間でのみ本来許さない態度・関係を構築できるだけで、一歩学校の敷地から出ればそれは崩される。
様々なマナーを私に教えてくれた母が、貴族に逆らっちゃいけないことくらい知らないはずないのに。
この婚約自体おかしいものだとは私も重々承知している。
恐らく私は第二、第三夫人的な妾ポジションになるのだろう。本当はお付き合いからはじめて、普通の恋愛をして、一対一の愛のある結婚をしたかった。
それでも相手が相手だから、お断りしたい気持ちを最近やっとどこかに置いてこれたのだ。
旦那となる相手からの愛はなくとも、クラスメイトとして過ごしたおかげである程度の素性も知れているので、結婚しても友人として仲良くやっていけるだろう。
きっと将来お金に困ることはないのだ。かなり歳が離れていたり、豚みたいな身なりや性格で普通の貴族令嬢から毛嫌いされているような相手の見つからない人に囲われなくて良かったじゃないか。
少なくとも今は彼のご両親も庶民の私を受け入れてくれていて、こんな素晴らしい環境で文句も言えるはずがない。
そうやって、やっとやっと自分の気持ちを無理矢理整理したばっかりなのに。
この関係を。私の気持ちを。
大好きな母にだけは崩して欲しくなかった。
「お姉ちゃん…」
弟がいる前で、取り乱している暇などない。
ふぅ、とひとつ深呼吸をして笑顔をつくる。
「グレン、ごめんね。早く片付けちゃおっか。」
両手でなんとかお盆を持ちながら扉をノックし、お菓子だけを持っているグレンに開けてもらう。
目の前には予想通り面食らった顔をしたアレンと、笑顔のまま固まっている彼のご両親が映った。
母がこちらに顔を向けると、さも 遅かったとでも言いたげな顔をしてこちらを向く。
「やっと主役も揃いましたし、話合いを始めましょうか。」
「お待たせしてしまい申し訳ありません。」
母が何を考えているのか全く分からない。
ひとまず、それぞれに好みを聞いてミルクや砂糖を加えてセッティングする。
本来は各手元にお菓子をひとつ渡すべきだが、和やかに食べる雰囲気ではないのでやめておいた。
まだ子供のグレンにはこの雰囲気は辛いだろうと思うので、軽く挨拶だけして部屋から出て行ってもらった。
母が視線で隣に座れと示してきたので、そっと音を立てないように座る。
「まず。この婚約は、本人達の意志はどれくらい含まれていますか?」
「それは…」
「我々が一方的に望んだものです。」
たじろぐアレンとアメリア様を前に、アレンのお義父様ははっきりと宣言する。
「最初に説明すべきことでしたね。気持ちが早まってしまい申し訳ない。」
お義父様は母の無礼な態度を気にも止めずに、しかも平民に対して頭を下げた。
正直物凄く驚いたが、同時に理不尽な扱いをされたり母の言動を咎められなかったことにとても安心する。
本人の意思を問うてきたということは、母は私が無理矢理婚約させられてる可能性を考えて心配してくれたのだろうか。
気持ちは有難いが、相手を見てほしい。
「まず、アレンについてご説明致します。国家秘匿となっていますが、この子は私たちと血が繋がっておりません。」
ぽつぽつと、お義父様は話し出した。
アレンの実の親は現国王夫妻であること。
産まれた直後に呪いに侵されていたのが判明したこと。
それは古くから王家が悩まされていた呪いであること。
彼の出生は隠されベネクレクスト家に迎え入れたこと。
ウィリアム殿下は年子の弟で、公表より本当は若いこと。
呪いにより16歳の誕生日に亡くなる運命だったこと。
ユリカがその運命を変えたこと。
そしてユリカの存在が作用することだけは分かっているため、今後もアレンの側にいて欲しいこと。
…そのためには、結婚がお互いのためにも1番の理想であること。
初めて聞く内容ばかりで、何も言葉が出なかった。
アレンが養子で、実の両親は国王夫妻だなんて。
調べながら、頭の片隅ではずっと疑問に思っていた。
アレンの両親や従兄弟のキリアンとも、彼はあまり似てないなと薄々感じてはいた。
王家の直系だと思っていなかったアレンが呪われているのならば、国家秘匿にしておけないほど国中に呪いが発現している人がいるだろう。
だが、敢えて本人に質問することでもなかった。
「それで平民であるはずの我が家に…ユリカに、声がかかったというわけですね。」
「身勝手な話で申し訳ありません。それでも、ユリカさんが必要なのです。こちらとしてはユリカさんに寄り添えてもらえて、尚且つ最大限の配慮ができる方法を取りたいのです。」
──断ればどんな扱いになるか分からない、ってことかしら。
正直、貴族が恋に落ちた訳でもない平民を、使用人としてではなく結婚相手として迎えるのは破格の対応だ。
最悪の場合、奴隷のように扱われたっておかしくないのに、彼らは本当に私に最大限の配慮をしようとしてくれている。
それでもこれは、結局のところ脅迫以外の何ものでもない。
「こちらとしてはすぐに返答が欲しいところではありますが、勿論一旦保留にしてお考え頂いてもかまいません。」
「そういう風に仰られると、余計に承認したくなくなるのですよ。」
母は、強かった。
貴族相手に、一歩も引く気を見せない。
頼もしくもあるが、ユリカの胃はキリキリと悲鳴をあげていて今にも倒れてしまいたい気持ちだった。
「さすが、手強いですな。ビーレンサイツ王家の伝統衣装をお召しになられているだけはある。」
「あら、そんなことまでご存知ですのね。」
恐れながら勝手に調べさせていただきました、とユリカについて調べた際に母オーレリナの出自も調べたのだと言う。
婚約する相手のことを調べるのは当たり前だろう。
私のように平民なら尚更必要だとは思う。
そんなことよりも、ビーレンサイツ"王家"の伝統衣装と言っただろうか。
「ははは。私の目を侮られては困りますな。寧ろ"敢えて"なのでしょう?」
「話が早くて助かりますわ。お察しの通り、ビーレンサイツ家の血筋は末端は、わたくしです。」
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