第40話 呪いと共に
自分は、"愛"というものがよく分からない。
いや、分かっていたのかもしれないが、分からないフリをしているうちに本当に分からなくなってしまったとでも言うべきだろうか。
僕は産まれた直後にあのアザが見つかり、呪いを発現していることが分かったらしい。
物心ついたころには本当の親元を離れ、今の義両親であるベネクレクスト家に預けられていた。
本当の親には何度も会っていたし、特に実母は夜こっそりと来てはずっと僕を抱きしめてくれたのを覚えている。
だから、そういう意味で寂しいと思ったことは一度もない。
子供を授かることができなかったという義両親は優しくありつつも時に厳しくて、実の息子のように接してくれていると思う。
ただ、ひとつだけ何度も何度も言い聞かせられていたことがある。
──何かに執着しては駄目。好きになり過ぎては駄目。
他の色んなことに目を向けましょう。だって、時が来たときに悲しむ材料が少ない方が良いのだから。
最初は素直に受け入れていたが、だんだん何故そんなことを言われなければならないのかと反抗して、あらゆるものを好きだと言ってまわった。
けれど怒られると思っていたその行為は別に何も言われることはなく、むしろたくさん買ってもらえたり積極的にやらせてもらえて余計に興味を失うだけだった。
唯一、義父母に貴方達が好きだと伝えると何だか少し悲しそうな顔をして頭を撫でるので、誰か人を好きだと言うのは無意識にやめていた。
それから呪いが身体を蝕む度に、ずっと死を予感しながら生きてきた。
いつだったか、僕には実の両親の元に1歳下の弟が生まれているのだが、彼が"僕として"育てられているという話を耳にした。
弟は"僕の弟"であって、彼らの"長男"であるという。
彼とは何度も会ったことがあるが、母に似てとても可愛らしい見目をしているものの、凄く賢くて聡い子だった。
どうやら僕の呪いのことも、僕が本当の実の兄であるということも、"長男"として育てられていることも教えられているようで、「理解して」僕と接してくれていた。
僕も同じく、彼とは友達のように接するだけで嫉妬心等は湧かなかった。
むしろ死を予感するかのように発作の回数が増えてきて、自分が不甲斐ないばかりに責務を押し付けられている弟に申し訳なく思うようになっていた。
ところがある日、その弟が一緒に学校へ行って学ばないかと提案してきた。
できるだけ周りとの交流を避けてきており、ずっと学校へ行けないものだと思い込んでいた自分には思いつきもしない考えだった。
「ねぇ、アレン。人生が短いからって細々と生きる必要はないんじゃない?その分思いっきり太く生きたらどうかな?」
そう言って、彼はいつのまにか臆病になっていた僕の背中を押す。
その日の午後には義両親に話し、翌日には実の両親へと説得に説得を重ねていた。
そしてやっとのことで了承が得られると、彼は毎日のように我が家へやって来た。
一緒に勉強したり、ただ遊ぶだけだったり、お互い何も喋らず背中を突き合わせて好きな本を読んだり。
特に勉強に関して彼は小さい頃からしっかりと家庭教師に教わっていたので、最初は僕と随分と差があったように思う。
それでも僕は楽しかった。
勉強によって知識を会得することにより自分に芯が造られていくような気がして、寝る間も惜しんで教科書等を読み込み、皆に質問しては困らせた。
弟は元々僕として育てられており、母の僕の妊娠は国民に公表してしまっていたため弟の妊娠出産は隠され、そして早産であったために病弱ということにして表舞台に立つことはなかった。
だから学校への書類上の手続きは滞りなく済んだと言う。
そのため彼と僕の学籍番号は比較的近いが、実際のところ弟の誕生日は僕の1年と半年程後なのだ。
ちなみにキリアンは実の従兄弟ではなく、義父の弟の息子である。
兄のような存在でいつも揶揄ってくるが、呪いについて真剣に心配してくれていて研究者への道を選んだことを僕は知っている。
またユリカとの間に起こった出来事を唯一話せる相手で、時々相談に乗ってもらっていた。
今回ユリカを連れてきてくれ、小まめに気にかけてくれる恩人だ。
「責任を取るって、具体的に何だと思いますか?」
リハビリの間、あの時ユリカが言っていたことをずっと考えていた。
どうにかして返したいと思うが何も思い浮かばず途方に暮れていたので、頼ってばかりで申し訳ないがキリアンに相談することにした。
「そりゃあ、結婚?」
「けっこん…って、俺と?」
「ははっ、他に誰がいるのさ。」
今までの自分とは程遠い言葉過ぎて思いもつかなかったが、結婚か。
「それって、俺がして良いものなんですか?」
「まぁしたくないなら勧めはしないけどね。」
「したいです!ただ、思いつきもしなかったというか、俺ばっかり良い思いをしてしまうなと。」
へぇ、とキリアンは何やらニヤニヤとした目を向けてくる。
それから結婚うんぬんを考えるにしても、ひとまずリハビリと誕生日を乗り越えないとと言われてその通りだと思った。
考えつつもはやる気持ちを抑えリハビリに専念し、あっという間に日々が過ぎていった。
婚約の申し込みでユリカに言ったことは嘘ではない。
愛されて育ってきた自覚はあるから、そして何より近づいてくる死を悟っていたから不満に思ったことはないが、僕の存在はなかったことになっている。
それに正直、あの話し合いで下心を隠せなかった自覚はある。
今後定期的にキスしないといけないだろうというのは半分本気で、もう半分は僕の我儘だ。
そんな人間を生涯の伴侶とすることが責任を取るに値するのだろうか。
それでも彼女は、僕と婚約すると言ってくれた。
だからどんな手を使ってでも彼女を守り、幸せにすると誓おう。
産まれてからベネクレクスト家に養子として迎え入れられるまで、何日若しくは何時間のことか分からないが──
確かに自分は、この国の第一王子アレン・セディル・パルモティアだったのだから。
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