第39話 理由とキスと理解
何故って言われても困るとでも言いたげな顔をして、アレンは私から視線を外し考え始めてしまった。
ユリカの頭の中は不安でいっぱいだった。
アレンが考え込んでいるのは言いにくい内容だからなのだろうと、ありとあらゆる悪い返答が返ってくることを想像する。
実は私の考案した治験薬のせいで遅延性の副作用がひどいから生涯かけて治療に当たらせるには結婚という名のカモフラージュが都合良いとか、そもそも結婚というのは連れ出す口実で知らぬ間に犯していた不敬罪を償わさせられるとか…。
アレンが黙っていればいるほど、私の思考はネガティブになっていく。
先ず持って私は平民なので簡単にアレンと結婚できる訳がないのだ。
貴族同士の結婚でさえ家格が吊り合わないと周りからのイメージは悪く、事実が捻じ曲がった上に尾ヒレのついた噂となって婦人たちの恰好のネタになる。
ましてや王子殿下と仲の良い彼のことだから、貴い血筋であることは明確だった。
モヤモヤとひとり悩んでいる私をおいて、しばらく考え込んでいた彼は突然顔を上げた。
「…あの時の、責任を取らないといけないだろう?」
「責任…って何の?」
「その、ファーストキスを僕が奪ってしまったじゃないか。」
「いや、そんなこと気にしないで大丈夫だけど…」
「そ、それに今後も必要なんだ!定期的に!!」
「はい???」
アレンの顔は、みるみるうちに熟れた果実のように赤らんでいく。
つられてこっちまで恥ずかしくなってきてしまうではないか。
確かにファーストキスだったことには間違いないが、私には今世に比べて緩めの前世の貞操観念もあるし、お貴族様と違ってそこまでお堅くはない。
なんなら前世では専ら恋には発展しない系の相談役だったため大学生で遅めのキスデビューをした私にとって、仮にも好きだった人と、しかもまだ10代という記録更新でちょっと浮かれていたくらいだった。
そんなことを知る由もない彼は、もう恥ずかしさなんて気にするかとでも言うような勢いで続けていった。
「それが…君とのキスによって身体中のアザと痛みが消えたんだけれども、そのことをキリアン兄様に伝えたら他にも詳しく聞かれてっ、」
──キリアン様に何てこと伝えてるのよ!?
「いつも給湯室で、首のアザを触ってもらっていただろう?それを踏まえて、汗や唾液などの、その…君のた、体液を僕が触れるというか摂取するとかそういうことが条件で効果が発動してるんじゃないか、っていう考察結果だそうなんだ!」
はぁ…はぁ…。
肩を軽く上下させながら、勢いで前のめりになっていた彼はスッと目線をそらしてソファに座り直した。
それにしたって考察?
私は研究対象で実験動物…いや治験薬か何かなのだろうか。
正直、意味が分からない。
しかしながらアレンが今ここにいること自体がかかっていたはずの呪いを確実に抑えられてる証拠であり、それを否定することはできない。
つまり好きとか嫌いとかそういう感情はないから、この婚約ひいては結婚に愛を求めずとにかく治験に参加しろってこと──?
アレンとの仲は悪くはない、と思う。
あぁそう言えば、以前アレンは他に好きな人がいるって言ってたな、なんて今更思い出したりして。
とりあえず罪を犯していたわけでは無さそうだと少し現実逃避をしているあたりで、目の前の彼がこっちを見ていることに気が付いた。
「あの、ユリカ…?」
「ごめん、そうなのね。分かったわ。」
「それは良いってことか?…そうか、ありがとう!」
ここはもう頷く以外あるまい。
もう後には引けないことも、アレンの命が何故か私頼りなことも。平民の私に…断れるわけがないことも、"理解"した。
「あぁ待って、もうひとつだけ聞いてもいいかしら。」
「なんだ?って言っても答えられることしか答えられないが。」
「婚約のこと、すぐに公表する?」
「いずれはしないといけないけど…今はして欲しくないのか?」
「うん…せめて学校にいる間は、ちょっと。平穏に過ごしたいわ。」
「君が望むならそうするよ。そもそも僕は死ぬ予定だったから跡を継ぐとか無いし、貴族のしきたりみたいなのも関係ないんだ。それでも、ユリカとの婚約について周りに有無を言わせるつもりはない。」
そこは貴族の力をちょっと借りるけどね、と軽くウインクでもするかのように茶目っ気を見せてきたアレンは、今までの緊張振りはどこへ行ったのかと思うほどご機嫌になった。
それからお互いに少し照れながら「宜しく」と言い合って、話を煮詰め、互いの親へ挨拶に行く日取りなどを決めていった。
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