第38話 順番
話があると言ったアレンは「部屋を取ってあるから」と言い、食堂を出ようと手を差し伸べてくる。
寝たきりだったせいかまだ弱々しく見えた彼の手は、思ったより男らしく骨張っていてこれからの成長を予感させた。
とはいえ貴族では当たり前なのかもしれないが、庶民の私にとって車椅子に乗った人にエスコートされるのは何だかむず痒い気持ちになる。
それでも差し出された状態でスルーするわけにはいかないので慌てて手を取る。
手を取ってから荷物がある事に気付き、焦ってプレゼントの花束などを抱えなおすと、スッと横から彼の付き人が受け取り持ってくれた。
思わずそのスマートさに感心してしまったのは仕方ないだろう。
そのまま彼に付いていった先は、寮の応接室だった。
基本的には親との面会などで使うので、生徒同士で使うのになんだか違和感を覚える。
──わざわざこんな所に移動してする話ってなんだろう…。
食堂にもほとんど生徒はいなかったので余程聞かれては困る話なのだろうかとか、この前家にお邪魔した時何か粗相をしてしまったのだろうかとか、あとは金銭の貸し借りの話くらいしか思い付かないが貸せるようなお金は到底持ち合わせていないなどと考えを巡らせるが、結局聞くまで答えを導き出せそうにない。
そうこうしている間にテキパキと紅茶とお菓子の用意がされ、付き人は部屋を出て行ってしまった。
扉が少し開いており、すぐそこにいるのだとは思うが気配も消していて分からない。
ケーキもあるんだ、とテーブルの上に視線を移すと「まずは食べようか。」と笑顔で言われて恥ずかしくなる。
そんなに物欲しげな顔をしていただろうか。
まぁこんな訳も分からない状況で満喫できるはずはないのだが、ケーキに罪はないのでしっかり味わっていただく。
ふと視線を感じて顔を上げれば、アレンが紅茶を口にしながら笑顔でこちらを見ていたことが分かった。
何だか怖くて、私はあと少しだった残りのケーキを口に詰め込んで紅茶で流してしまった。
緊張しやすい対面で座っていなかったことが唯一の救いだが、そろそろこの状況に耐えられなくなってきた私は軽く口をナプキンで拭ってからアレンの方へ向き直す。
「美味しかった?おかわりもあるけど。」
「だ、大丈夫よ。」
「そうか……じゃあ、早速だけど話っていうのは、」
そんなに私って欲しそうな様子してますか?!とツッコミをいれたくなったのは置いておくとして。
急にニコニコしていたアレンは真剣な顔になり、身体をこちらへ向けて私の手を取ると、とんでもないことを言い放った。
「僕と、結婚しよう。」
(ガタッ)
…………えーっと、意味が分からない。
とりあえず真剣な顔をして言えば良い言葉ではない。
しかも何やら直後に廊下から物音が聞こえたような気もするが、それどころではなかった。
──落ち着け、落ち着くんだユリカ。
自分に言い聞かせながら、慎重に発する言葉を考える。
しかしながら真っ白になってしまった私の頭の中は言う事を聞いてくれなかった。
するとコンコン、とノックの音がして先程出て行った付き人が入って来る。
「失礼致します、紅茶のおかわりはいかがですか?」
「あ、ありがとう。」
「ありがとうございます、頂きたいです。」
新しい茶葉が入っているであろうポットを持って私のところへ先に来ると、晴れやかな笑顔を向けられる。
次にアレンのところに向かったと思ったら、何故かアレンが変な咳払いをして変に身じろいだ。
さらに紙がクシャッと握りしめられたような音も微かに聞こえた。
「では、ごゆっくりどうぞ。」
付き人は部屋から出ていき、気まずい空間に戻ってしまう。
しかし一旦変な空気を断ち切って貰えたおかげで、心はだいぶ落ち着いた。
付き人さんありがとう、と心の中で感謝を述べておいた。
さて、と体勢を整えてこの不可解な状況に立ち向かおうと思った時、先に動いたのはアレンのほうだった。
「その、順番を間違えた。結婚の前に婚約、だったか。」
──それはそうだけど大分違う!!
「僕と婚約してくれないだろうか。」
再び廊下から少しガタッと物音がしたと思ったが、そんなことは気にしていられない。
「あの…そもそもなぜ私との婚約話になっているのでしょうか?」
ユリカは動揺を隠しきれずアレン相手に敬語になっていることに気付く余裕もなく、とりあえず一から紐解いていくことにした。
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