第37話 プレゼント
色鮮やかだった木々は葉を落とし、本格的な冬が訪れた。
こうなると朝非常に布団から出るのが辛い。
それでも何とか起き上がり、制服の袖に腕を通し髪を整える。
外では重ね着した上から暖かいコートを羽織り、悴む手を息で温め摩る光景をよく見るようになってきた。
身長が伸びるのを前提に、大きめに作ったコートを着た1年生が少し重たそうにしているのは毎年恒例の可愛らしい風物詩である。
「ユリカ、誕生日おめでとう!」
「ありがとう!」
今日は、私の誕生日──。
最後にアレンと会ってから2週間が経った。
あれから何も連絡はない。
私が持って行った鏡は担任に回収され教室の1番後ろの皆手の届かない所に設置してあるのだが、そこから魔力を感じたり今現在彼が授業を受けているのかも分からない。
誕生日といっても、私は普通の平民なので実家に帰省しパーティーを開くこともなく寮で過ごすのが常だ。
毎年アシュリーが家自慢のパティシエが作ったというケーキやクッキーを差し入れてくれて、食堂の隅でささやかにお祝いしてくれる。
今年はちょうど週末に当たったため、いつもより少し静かな食堂で会すこととなった。
はい、とアシュリーから可愛らしく包装された包みを渡される。
そこには、『ユリカにとって素敵な1年になりますように』と書かれたカードが添えられていた。
今日は既に何人かからメッセージカードやプレゼントを貰ったが、大好きな親友からのメッセージは別格で嬉しいものだ。
「開けてもいい?」
「もちろん!ふふ、ユリカは丁寧に開けてくれるから、何だか大事に扱われている様で嬉しいわ。」
「クセでつい。でも包装紙が可愛いんだもの。」
前世のころからの癖で1枚1枚丁寧に剥がしてしまうのだが、この国ではビリビリに破かないことが珍しいらしい。
包装紙はいつか他の用途で使えるかもしれないので、そっと折り畳んでポケットにしまう。
少し重量感のある箱を取り出して中を覗いてみると、そこにはいくつかの化粧品と道具が入っていた。
「わぁ!…って、ちょっと待ってアシュリー!凄く嬉しいのだけど、こんなに沢山貰えないわ。」
この世界では化粧品は高級品だ。
平民はほとんど持っておらず、貴族や大きな商家で初めて触れるような代物なのだ。
私は前世でメイク雑誌や動画が大好きだったが、自分の顔に自信が無くて社会人マナー程度にしかしていなかったし、化粧品もお金がなくあまり持っていなかった。
今世は比較的綺麗な顔立ちをしている…と思うので化粧無しでも充分楽しめている。
だがここに化粧を施すとなれば、きっと私はのめり込んでしまうに違いない。
「むしろ一つだけ持っていたって仕方ないのよ?これは初心者セットでね、お肌に合わないかもしれないからそれぞれ小さく作られていて、お値段もそこまで張らないわ。」
「そうなのね…そう言ってもらえるなら遠慮なく頂いちゃうわね。私実はすごくお化粧に興味があったの!アシュリー、素敵なプレゼントを本当にありがとう!」
「えぇ、もちろん!一緒にお化粧の仕方も勉強しましょう!」
次のアシュリーの誕生日プレゼントに頭を悩ますことになりそうだが、幸い商売もうまくいっているのでまた今度考えることにした。
聞くとことによるとアシュリーは最近新しい化粧品を母親に貰ってから、どハマりしているのだそう。
貴族なので小さい頃からパーティーなどでメイクをする機会はあったが、今までは子供なので軽く紅をのせる程度だったのだとか。
もちろんまだお肌トラブルが起きているわけではないのだが、特別な日だけでなく普段から化粧を施す普段メイクを始めたくてメイク仲間に私を引き込もうというわけだ。
二人でわいわいとそれぞれの化粧品や道具についてしばらく盛り上がっていると、突然手元が陰った。
アシュリーも違和感を感じたのか、顔をあげて私の背後に目を向けている。
「あら、久しぶりね。もう大丈夫なの?」
「すまない、邪魔しただろうか。まだ万全ではないけど、やっと外出許可が出たんだ。」
聞き覚えのある、しかし久しぶりに聞く声に、胸の奥がドキンと跳ね上がる。
「今日は休日だから人が少ないね、ちょうど良かった。」
「まぁ、ほらユリカ。」
後から聞こえるガサッという音に不安を覚えつつも、ユリカは振り返る。
するとそこには最後に会った時よりも少しふっくらして人間味が増したアレン・ベネクレクストが、車椅子に座った状態で大きな花束を抱えていた。
「アレン…君!」
「やぁ、突然すまない。その…誕生日おめでとう。」
そう言って、持っていた花束はユリカの元へと手渡される。
オレンジや赤、黄色をメインとした元気一杯な色味の花が揃えられた素敵なそれを受け取ると、言葉よりも先に涙が出てきた。
「ありがとう……。あなたもお誕生日、おめでとう。」
「っ…!君には本当に、世話になった。」
最後に会った時は、そのまま棺に入ってしまうのではないかというほど痩せこけていた彼が、こんな短期間でまた学校に来ることができるまでに復活しているなんて思わなかった。
嬉し涙なのだが、アレンは目の前で泣かれて驚いている。
しかも必死に堪えようとして変な顔になってしまっている気がするが仕方がない。
そんな中、彼は車椅子を押している付き人の方へチラリと顔をやると、真正面に向き直して話しかけてきた。
「話したいことがあるんだけど、少し良いかな。」
「では私は先に部屋に戻っているわね。」
「恩に着るよ。」
アレンの視線から彼が話したいのはユリカとだと察したのだろう、私の横を通り過ぎる時に「また後でね。」と声をかけてアシュリーは去っていった。
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