第36話 始動

目の前には、すっかり元気そうなアレン。

 寝衣から出てる部分しか分からないが、身体中を埋め尽くしていたはずのアザは消えて無くなり肌色が戻っている。

 それにずっと手を握られたままだし、何故か笑顔だ。



 「恥ずかしい話、体力がかなり落ちていて。申し訳ないが、少し肩を貸してくれないか?」


 「う…ん。大丈夫?」


 「ありがとう。とりあえず皆に肌が戻ったこと報告しないとね。」


 「わ、私、みんなを呼んでくるよ!」


 「いや良いんだ、歩きたいから。」



 未だ状況は飲み込めていないが、彼がベッドから出ようとするので慌てて支える。

 しっかりと支えるために脇下に入り込み、もう片方の肩を下からギュッと掴む。

 背中に回した腕にはせり出てきた肩甲骨が当たって少し痛みを感じ、彼が痩せ細ってしまったのを実感させる。

 それからゆっくりゆっくりと一歩ずつ確実に歩みを進めていき、居間へと続く扉の前までたどり着いた。

 少し体勢を変え、片手でドアノブを捻り扉を開け放つ。



 ゴトッ──


 「っ?!」


 「アレン!?」


 「アレン様!」



 目の前に飛び込んできた光景は、異様なものだった。

 思わず私達は次の一歩が踏み出せず固まってしまう。

 それもそうだ、扉を開けたすぐ目の前には医師がいて、その医師を不思議なことにキリアンが羽交い締めにしている。

 鈍い音がした方に目を向けてみれば、アメリアさんが持っていたティーカップを床に落としてしまったようだった。

 中の紅茶は溢れてしまったが、絨毯が柔らかくフカフカだったお陰でカップは割れていなさそうである。

 こちらが驚かせてしまったとは言え、高級そうなカップが割れてしまっては平民の私の心臓が保ちそうにない。



 「えっと、大丈夫ですか?火傷してませんか?」


 「え、えぇ…それより本当にアレンなの…?」


 「まさかとは思ったけどこれは奇跡かい?!もう歩けるのか?」


 「アレン様、先程の光はなんです?何があったんです?どうして治っているんです?そもそも治っているのですか?!診せてください!!」


 「えぇ。治ったかどうかは誕生日を迎えてみないと。でも一時的だとしても…」


 「あの、ちょっと!とりあえず座りませんか?ね?」



 皆、病み上がり相手に質問攻めである。

 筋力が衰えてしまったアレンを支えるのは思っていたよりも力が必要で、このまま立ち話になってしまってはきっと彼も辛いし私も限界を迎えそうだ。

 そう思った私はつい声を上げてしまっていた。






 *






 私達はソファに移動し、私の隣にキリアン、正面にアレンとアメリアさん、アレンの横に医師が椅子を持ってきて座る形となった。



 「アレン…本当にアレンなのね…あぁ、顔をもっと見せて?」



 アメリアさんはボロボロと大粒の涙を流しながら(それでも上品さは失わないが)、何度も何度もアレンがアレンであることを確認する。

 ソファに座る直前に突然抱きしめ暫く離れないことから始まり、今も顔に手を添え彼の顔に穴が開きそうなほど見つめ、もう片方の手ではひたすら頭を撫で回していた。

 本人はと言うと嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない困った表情をしている。



 「奥様、まずは診させてください。私ももっと見たい、いや診たいのです…!」


 「ぐすっ…えぇそうね。でももう少しだけ…。」



 医師も医師で何だか興奮している様子である。

 結局、医師とアメリアさんがアレンの取り合いをすること数分。

 落ち着いてきたアメリアさんから診察権を得た医師は、丁寧にアレンの身体を診ていく。

 時々「これは…」や「ほう!こんなにも!」と興奮気味な声が聞こえてくるが、興味本位ではなくちゃんと診察していることを願うばかりだ。


 

 「では服を脱いでいただいても?」


 「はい。」



 徐ろに寝衣のボタンを外し始めたアレンに、思わず顔を背け手で覆う。



 「おや、配慮が足りてませんでした。寒いですし、すぐ終わらせるので少しお待ちください。」


 「す、すまない…」


 「いえ…こちらこそすみません。」



 先程チラりと見えた、日を浴びていない白い肌が脳裏に焼き付いてしまった。

 隣で何やらニヤニヤと笑っているキリアンを叩きたい気分だ。もちろん貴族相手にそんなことできるわけないのだが。






 しばらくして、医師がひと通りアレンの身体を診終えたようだ。

 興奮冷めやらぬ様子で色々言っていたが、要は特に異常も見当たらなかったらしい。

 これからリハビリしていけば今まで通りの生活に戻れるだろうとのことだった。


 アメリアさんは感動のあまりまた泣き始め、医師とキリアンはアレンに質問しつつ話し込み始めたので、私は完全に置いてけぼりである。

 最初はニコニコしていたものの疲れたのか、若しくは安心したのか。

 アレンがだんだんソファに沈み込みウトウトし始めたのをきっかけに、今日はお開きとなった。



 帰りは行きに乗ってきた馬車ではなく、アメリアさんが用意してくれた馬車で送ってもらうことになった。

 私は魔法陣が刻まれた少し大きめの鏡を抱えて慎重に馬車に乗った。

 今後アレンはリハビリに専念しつつこの鏡を媒介した魔法で遠隔的に授業を受け、医師から通学許可が出れば最初は座学に限って授業に参加し、さらに改善すれば全授業に出席かつ寮生活に戻れるらしい。


 体調が一時的でも良くなったことを喜ぶべきだが、まずはもうすぐ来る彼の誕生日を無事に乗り越えなければならない。

 この場では誰も言っていないが、これは呪い──。

 あの本の通りであれば、呪いが消えてない限り16歳の誕生日を迎える前に絶命するのだ。

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