第35話 最期の願い ※


 勢いよく扉を開け居間へと戻ってきたキリアンは、そっと戸を閉めると一目散にアメリアの元へと駆け寄った。



 「アメリア叔母様…!もしかしたら、もしかするかもしれません!」


 「どうしたのですか、そんな急に…。」



 衝動冷めやらぬ様子のキリアンを見て、今までもひとり居間で泣いていたであろうアメリアはぽかんとする。



 「キリアン様、先ほどの見ましたか!?そういえばご用事は?何故私まで連れて部屋を出てしまわれたんです?」


 「何言っているんだ、むしろ私らが居ては物語は進まないだろう?」


 「ちょっと、一体何の話をしてるのよ。中で何があったって言うの?」


 「物語…?いやはや、それより奥様。あのお嬢様はなんと新薬の母でございました…!それはもう、影ながら尊敬していたこともあり人生最大の驚きです!」



 それぞれ話したいように話し始めて収拾がつかなくなった様子を見て、アメリアは泣いていたのをすっかり忘れて完全に落ち着きを取り戻していた。



 「いいから2人とも、順序立てて話してちょうだい──。」












 一方隣の寝室では。

 こちらもポカンとしていた。

 瞳を満たしていた涙も、あっという間に引っ込んでしまった。



 ──えっと、整理しよう。アレンが、私と、何をしたいって?



 たしかに私は、私ができることならする、と前置きした上で望みを聞いた。

 前世では自分が住んでいた国ではないが挨拶として気軽にしてたし、確かにお年頃の男の子が考えそうなこと…って私はしたことないけど!!



 ──キス…キス…。そう、唇を寄せて、ただそれだけ。良いじゃない、減るもんじゃないし。それにアレンとできるなら尚更…やだ、こんな時になんて事考えてるの私ったら!!



 ボンッと音を立てて、頭の中で水が沸騰して蒸気が漏れ出ているような気分になる。


 その頃完全に固まってしまったユリカを見て、アレンは改めて自分の言ったことを反芻した結果、実際とは異なる憶測を立てていた。



 「すま、ない。…失念、してた。忘れて、くれ。」


 「え?し…しないの?」


 「いや、その。怪物、みたいだろう?嫌、なのかと。」


 「そんな!全然嫌じゃない!…けど。」



 アレンはどうやら呪いのせいで黒くなった自身に顔を近づけるのが嫌で返答に迷っていた、と思い至ったらしい。

 最期の願いを精一杯伝えてくれた病人に、そんな疑念を抱かさせてしまったのはとんだ失態だった。


 心を落ち着けて、ユリカはしっかりと座り直す。



 「無理、しなくていい、から…。」


 「してないよ…勇気がいるのよ。あの、じっとして…くれる?」


 ──たとえ、ファーストキスは相手からして貰いたかったって願望があったとしても!私はやる時はやる女よ!



 私は立ち上がって腰を曲げ、垂れ下がる髪の毛を耳にかける。

 左頬には、アザが動いたのかいつの間にか肌色に戻っているアレンの手が添えられた。


 ドクン、ドクン──。


 部屋に響くのは衣擦れの音と、どちらのものか分からない心臓の脈拍音だけ。



 「一応、ファーストキスだから。責任取れ、とは言わないけど。」


 ──前世も併せて、ね。



 ユリカはギュッと目を瞑った。

 唇と唇が触れ合う。

 先程薬を飲むのに水を飲んだせいか、アレンの唇は潤っていて柔らかい。

 自分は緊張で渇いていて、少し恥ずかしい気持ちになった。

 そろそろもう良いかと思い、そっと離れる。


 想像していたよりも静かに呆気なく終わったキスに安堵して、しっかり閉じていた瞼を恐るおそる開けた。

 なんだか目がチカチカして思わず少しふらつく。


 その瞬間。


 グッと、今度は力強く身体も支えられ、噛み付くようにキスが降ってきた。

 チュッ、チュッと、今度はしっかりとリップ音が部屋に響き渡る。



 「?!」



 上唇と下唇が片方ずつ交互に吸われ、取れてしまいそうな感覚に陥る。

 時々唇の範疇からも超えたような、口の端の方まで吸われている気がする。

 ユリカは緊張から完全に鼻呼吸を忘れて、息継ぎのタイミングを失ってしまった。



 ──息が、出来ないっ。


 「ぷはっ」



 息継ぎのため一度離れた頭はまたすぐに引き戻され、今度は唇をペロリと舐め取られる。

 思わず驚きもう一度距離をとって呼吸を落ち着け、先程からのキス攻撃によりアレンの唾液塗れになった自身の唇をそっと舌で舐め取る。


 すると、いつの間にか起き上がっていたアレンが顔を近づけてきて、そのまま開いた私の唇の隙間へと舌を差し込んできた。



 「──んン!!」



 アレンは恍惚とした表情で、執拗に私の舌に自身の舌を絡ませてくる。

 部屋に響く音は、チュッチュと短い連続音からだんだんより多くの唾液が混ざった音へと変わっていく。



 「んっ、んはっ…ぁ、ちょっと!」


 「ん?」



 どうやら彼は止める気はないらしい。

 最初は舌同士を絡ませるだけだったのから、段々舌ごと吸われ、歯列の裏を舐められ、唾液を持っていかれる激しいものへと変わっていく。


 さすがにこれはただのキスとは言えないのではないか。

 というかさっきまで息も絶え絶えだったのに元気すぎやしないか?!

 ユリカはもうどうして良いか分からなくなり、内心悲鳴を上げていた。

 それとともに涙が溢れてくる。



 「ぐすっ」


 「ごめん!…そんなに、嫌だった?」


 「そうじゃ、ない、けど…」


 「申し訳ない、タガが外れてしまって…嫌ではないのか、そっか。」



 本当にキスする前とはまるで別人のようだ。

 もしかして仮病だったとか?

 そうだったらどんだけキスしたかったんだ…

 なんて本人には言えないがツッコんでおく。


 アレンは伸びたり肩を回したり、何やらゴソゴソと動いている。

 唖然とするしかないユリカは、彼に手を取られていたことに気付かなかった。

 ギュッと両手を重ねて握りしめられ、神妙な面持ちになる。



 「ユリカ、ありがとう。どうやら責任が取れそうだよ?」

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