第34話 感謝と謝罪
もう一度アレンの寝室の扉の前に立つ。
自分で言っておきながら、口から心臓が飛び出そうだった。
医師とキリアンも彼の様子見のため同室することとなり、私の横で待機している。
コンコン、と扉を叩く。
声が出せないだけかもしれないが、中からの応答は聞こえない。
一応「入るね。」と伝えてもう一度反応を待つが、やはり何もない。
キリアンの方を向くと、彼は無言で頷き横から腕を伸ばしドアノブを捻る。
ここは沈黙を了承と捉えて入ろうということだろう。
意を決して中に入ると、アレンはまだ布団を被っていた。
医師とキリアンは壁に沿って並び立ち、私を部屋の中央へ行くよう促す。
「アレン、くん。突然お邪魔してごめんなさい。あの、ユリカ・ウィンスレットです。」
何となく後ろの2人を気にして、変な感じになってしまった。
名前を言った瞬間、わずかにピクッと動いたような気がしたが、何か言葉を発することはない。
側まで近づいてみると、より一層弱っているのが実感できた。
布団から出ている髪の毛は、軽く結えそうなほど伸びている。
学校に来ていた間はもちろん制服だったので、生地の良さそうなパジャマを着ている無防備な彼を見るのは初めてだ。
「皆とても心配してて、貴方に会いたがってるのは本当よ。」
「……。」
「ねぇ、私には、きっとクラスの皆も、貴方のことを忘れるなんてできないわ。むしろ、友達なのに何もしてあげられなかったって悔しく感じるわ。」
何も返事は返ってこないが、それでも私は話しかけ続けた。
返事はなくとも聞いてくれているようだったから、何度も何度も話しかけた。
*
「痛みはどう?また、前みたいに触れても良いかしら…?」
以前私が触れると痛みが引くと言っていたのを思い出して、接触を試みた。
しかし彼は、腕をより布団の中へ隠すように引っ込めてしまう。
思っていた以上にアレンのガードが固い。
どれくらい話していたのだろう。
これ以上話しかけ続けても彼の体力を消費するだけで、何も進みそうにない。
そろそろ諦めようと思った、その時。
「アレン、いつまでそうして黙ってるつもりだい?せっかく来てくれたのにあんまりじゃないか。」
「キリアン様、落ち着いてくださいませ。」
ずっと控えていたキリアンが痺れを切らしたようだ。
医師は彼を落ち着かせつつ、私の隣へとやってきた。
「ウィンスレット様、失礼致します。先程お名前を聞きもしかしてと思ったのですが、この麻薬を作り広めるため尽力してくださったのは貴女様ではないでしょうか?」
「え、いえ…素だけですが、はい。でも私はそんな…。」
「あぁ、さっき治験薬のこと何だか詳しそうだったよね。」
「やはりそうでしたか。…私はこの新薬の話を聞いた瞬間、ぜひともお力になりたいと思っていたのです。さらにこの薬を使うにあたっての制度から法整備まで、初めて知った時はあまりの完璧さに感激いたしました。」
思わずユリカはハッとした。
この医師は治験薬を扱えてることから、麻薬のことについて猛勉強し国家試験を合格しているに違いない。
大々的に公表されていないとは言え、知ろうと思えば私の名前を知る機会はいくらでもあるだろう。
「まさか、そんな凄い私の憧れの方がこんな可憐なお嬢さんだとは思わず、驚いてしまいました。アレン様を含め、この薬のおかげでたくさんの方が救われることでしょう。本当に、ありがとうございます。」
ここまで言われて、さすがに悪い気は起きなかった。出来ることは少なかったけど自分のやってきたことは間違いではなかったと、こんな平民で学生の私に感謝を述べてくれる人がいるなんて思ってもみなかったのでただひたすら嬉しく感じる。
「勿体無いお言葉です。でも…嬉しいです。」
素直に喜びを伝えた。努力が報われた瞬間だった。
すると袖を軽く引っ張られる感覚と同時に、静かな部屋だからこそギリギリ聞こえる程度の声が聞こえた。
「ごめ…ん。あり、がとう。」
「アレン…!」
彼の方を見ると布団から少し顔を出し、引っ込めてしまっていた手を出して恐る恐る私の袖口を掴んでいた。
「むしろ謝らなきゃいけないのは私の方だわ。完全な製品としては間に合わなかったし、痛みは和らげるだけで無くならないし、治すわけではないもの。感謝されるに値しないわ。」
パジャマの袖が捲れて見える腕は、顔以上に黒いアザに埋め尽くされ、締め付けられているようで見るからに痛々しい。
思わず私は彼の腕にそっと触れた。
ビクッとしたものの、彼はその腕をを引っ込めず触らせてくれる。
痩せ細った腕はあまりにも痛そうで、その辛さは分からないものの想像するだけで、だんだんユリカの視界はぼやけていく。
「泣か、ないで。こんな情け無い、姿…見せたくなかったんだ。それに…眠れ、るんだ。ありがと、で合ってる。」
「そっか。良かった、良かったよ。」
嬉しい気持ちと、彼を救うことができない悔しさで涙がどんどん溢れてくる。
「痛いね…痛いよね、」と彼の腕を優しくさすることしかできない。
そんなぼやけた視界で周りが見えない中、キリアンが急に動き出した。
「すまないが、私らはちょっと用ができたから一旦席を外すよ。アレン、前にしてみたいって言ってたことをお願いしてみたらどうだい?折角だろう?」
「キリアン様…?」
そのまま彼は医師の腕を引っ張っていき、部屋を出て行ってしまう。
バタン、と扉が閉まり2人きりになる。
「行っちゃった…ね。どうしたんだろ。それに、お願いって?私に出来ることなら良いんだけど。」
「……。」
また彼は黙ってしまった。
アレンに何か願いがあるならぜひ叶えてあげたい。
沈黙が辛くてとりあえず微笑みかけると、そっと涙を拭われる感覚がした。
まだぼやけた視界には綺麗な肌色をした指がうつる。
「アレン…?」
「──キス…したい。叶えて、くれる?」
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