第33話 拒絶


 ぞろぞろと室内に入ってきた音で目を覚ましたのだろう、その開かれた瞼の中の青い瞳に、とても見憶えがあった。



 「──────アレン?」



 思わず小さく口にした彼の名前は、酷く私自身を動揺させた。

 言ってみてから、それを信じたくないような気持ちに囚われる。


 黒いと思った皮膚は、何度も彼のそばで見てきた首のアザと同じく蠢いており、時々白い肌が見え隠れする。

 学年が上がる度に身長が伸びてスラッとしていったものの、それなりに肉付きが良かったはずの身体は見る影も無くすっかり痩せ細っていた。



 「アレン、起こしちゃったかしら。お薬飲める?」


 「飲み…ます…。」



 医師が、薬を内服しやすいようクッションの位置をずらし、少し頭の位置を高くする。

 アメリアさんが枕元に置いてあった水差しを取り、治験薬の入った小瓶から一つ取り出してゆっくり飲み込ませた。

 その一つの行動さえ、体力を振り絞っているような憔悴した姿に、目を背けたくなってしまう。



 ──本当に、アレンなんだ…。



 たった今アメリアさんが彼をそう呼んだし、3年間ほぼ毎日顔を見てきたのだから見間違えるはずがない。





 キリアンが私に会わせたいと言う従兄弟というのがアレンだとは思ってもみなかった。

 従兄弟同士だから変ではないが、正直言って全く似てない。

 それに、彼には仲の良いウィリアム殿下ですら会うことができないと言っていたではないか。



 時間をかけて残りの水を飲み終えたアレンは、ゆっくりと顔をあげる。



 「また、泣いた…のですか。」


 「そんな腫れてるかしら。笑顔でいたいのだけど…あなたは待望の息子なんだもの、やっぱり涙が出てきてしまうわ。ごめんなさいね。」



 彼は掠れた声で、アメリアさんと話している。

 あまり身内同士の会話を盗み聞きするのも悪いと思い、カーテンが括られていて見える窓の外へと意識を向ける。


 空はまだ明るいが、木々はもう冬支度をしているようだった。




 しばらくして突然、彼は咽せ始めてしまい、部屋に緊張が走る。

 咄嗟に部屋にいた人々は一斉に彼の側へと集まったものの、私の足は床に縫い付けられたように動かない。

 私はただ茫然とし、目の前のアレンの状態を受け入れるのに必死だった。



 医師が慌てたように背中をさする中、アメリアさんが「ほら、」と身体を私達を結ぶ線上から除けると、私と彼の目線はばっちり合う。


 その直後、彼は頭まで布団を被ってしまった。



 「どう、して…!」


 「余計なお世話だったかしら。でも何故、誰にも会おうとしないの?皆会いたがっているのに。」



 咽せながら、布団を引っ張った手の先まで布団の中へしまい込み、私を連れて来たことを抗議する。

 どうやら頑なにお見舞いを受け入れていなかったのは、家族ではなく本人の強い希望だったようだ。



 「…から、…ないと…。」


 「え?」


 「…皆の記憶から、消えないと、いけない。」


 「なんで消える必要があるの?」


 「悲しまないで、欲しい…幸せなまま、ずっと。」



 悲しんでほしくないから、そっと皆の記憶から消えたいと、そういう事だろうか。



 ──なんて身勝手な。



 正直、そう思った。

 もうこの学校生活で、十分皆の記憶に残っている。

 共に過ごした友人のことを、そう簡単に忘れられる訳がない。

 勝手に彼を友人だと思っていたのは、私達だけだったのか。



 「あのねアレン、辛いことがあるから幸せに感じるのよ?皆で一緒に乗り越えたから、楽しくて幸せだったでしょう?」


 「………。」



 アメリアさんの優しい問いかけに、彼は何も反応しない。

 医師の「急なことで驚いているようだから落ち着くまで一旦出ましょう」の声により、全員で彼の部屋を出ることになった。





 私は部屋に入ってから出るまで、茫然としているだけで終わってしまった。

 何も、言えなかった。



 「ユリカさん、呼び出してしまったのにごめんなさいね。」


 「い、いえ…」


 「あの子ったらあんな言い方しなくてもいいのに、本当卑屈なんだから。」


 「本当にね。昔から、いつでも死を受け入れられるように準備してるような物言いで全然可愛くなかったよ。」


 「そうよね。あの子最初はね、学校に通うのも嫌がってたのよ。友達を悲しませたくないから、友達を作りたくないって。」



 アメリアさんとキリアンはきっと私を励ましてくれているのだろう。


 アレンは優し過ぎるのか、ネガティヴ過ぎるのか──。


 彼は学校でも仲の良いと言えるのはよく一緒にいるウィリアム殿下だけだったが、それも仕方ないかもしれないがどこか一線引いたような友達と呼ぶには少し冷たい態度だった。



 ──それもこれも自分が呪いで死ぬことが分かっていて、仲良くなり過ぎたら悲しさが増えてしまうと考えた…とか?



 なんて、考えても考えても仕方がない。

 きちんと、正面向き合って話さなければ分からないことばかりだ。



 「あの、私…やっぱりちゃんと、アレン君と話したいです。このままさよならだなんて、嫌です。」

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