第32話 紹介

 以前ほどユリカの週末は忙しくなくなってきていた。


 正直キリアンが私と会わせたいという人は誰なのか想像もつかないし、知らない人と会うのは怖い。

 だが、寮に閉じこもっていても余計なことを考えてしまうだけだし、気分転換に良いかとも思った。


 そして…今は安易に承諾してしまった自分を恨みたい。




 相変わらず以前と同じように返信をすると直ぐに紙でできた蝶が飛んできた。

 あれよあれよと会う日が決まり、彼が学校まで馬車で迎えに来てくれ目的地へ向かう。



 ──そうよね、キリアンの知り合いって言うからにはそりゃあ、お貴族様よね…。



 小窓から覗いて見える風景を見つつ、キリアンにバレないように溜め息をついた。

 恐らくここは王城近く、見るからに豪華な門のある屋敷が建ち並び、すれ違うのは豪奢な馬車ばかりな貴族街。

 アシュリーの実家へ来た時に通った気がする道を見て心の中で泣きながら、ブラジャーで稼いだお金を使って、あるかも分からないがマナー教室にでも通っておけば良かったなんて考えていた。


 ここ1,2年麻薬に関わったことで貴族と会う機会は多かったが、仕事でシンプルな造りの会議室内で会うのとはわけが違う。

 勝手にその知り合いとは街中のカフェや研究室等もう少し気楽な場所で紹介されて、もうこれ以上貴族と関わることはないだろうと高を括っていた自分を殴りたくなった。



 しばらくして馬車が停まり、キリアンにエスコートされて降りた先には、伝統を重んじた重厚な造りのお屋敷があった。



 「いらっしゃいませキリアン様。そしてお待ちしておりました、ウィンスレット様。私はこの家の執事、ジョン・ベケルリーと申します。本日は足をお運び頂き申し訳ありません。常に控えておりますので何なりとお申し付けください。」


 「ユリカ・ウィンスレットです。お、お邪魔します…!」



 とりあえず平民の私を無下に扱うつもりは無さそうだと少しホッとしつつ、案内されるがまま素敵なおじ様執事について行く。



 来る途中、馬車の中でキリアンに今日会う人の詳細を聞こうとしたが、従兄弟だということくらいしか教えて貰えなかった。

 キリアン曰く、弟のように可愛いがっている子だという。

 弟と言ってることから、キリアンよりは私と歳が近い青年とかだろうか。



 あるところで執事が立ち止まり、「こちらです」と言って扉をノックする。

 すると中から女の人の声がして、私達の到着を知らせを受けると「どうぞ」と聞こえ扉が開いた。



 「まぁ、本当に来てくれたのね。貴女がユリカさん?会いたかったわ。」



 中に入ると、40代半ばくらいの綺麗な金髪の女性が出迎えてくれた。

 ところどころの所作に高位貴族であることをうかがわせるが、その綺麗な目はまるで泣き腫らした後のようだった。



 「初めまして。ユリカ・ウィンスレットです。お招きいただきありがとうございます。」


 「キリアンありがとう。初めまして、私はアメリアよ。話に聞いていた通り素敵なお嬢さんだこと。ユリカさんと呼ばせてもらっても?」


 「はい、どうぞ。」


 「叔母様、私には感謝される資格はありません…叔母様こそ大丈夫ですか?少し休まれては?」


 「私はこれくらい、あの子に比べたら何でもないわ。それに、できるだけ側にいたいのよ。」



 "あの子"と呼ばれてるのが、キリアンが私に会わせたいという従兄弟だろうか。

 アメリアと名乗った女性を叔母と呼んでることから、恐らくこの方の子供がそうなのだろう。

 頭の中で一生懸命彼女に似た知り合いを探してみるが、他に誰も思い浮かばない。当然のことながらキリアンが一番似ているくらいだ。



 「あの子は今寝てるわ。…ちゃんと眠れているのかは分からないけど。以前のように痛そうに苦しむ様子は減ったのよ、これのおかげで。」



 そう言って彼女が箱から取り出した小瓶を見て、ユリカはとても納得した。

 小瓶には何やら文字列と番号が振ってあり、中には丸い粒が入っている。

 私はそれを何度も見たことがあったのだ。



 「それって…治験薬ですか?」


 「えぇ!これはアルフに貰ったのよ。あ、アルフっていうのは私の弟なの。」


 「アルフレッド・バスルフェクス様はね、この国の宰相をしておられるんだ。」



 なるほど。

 つまり私は治験薬のお礼に呼ばれたのか?

 そして、この方は宰相の姉君という訳だ。

 相手が高貴過ぎて先程から冷や汗が止まらない。


 とはいえ私はあくまで治験のシステム構成と薬の製造過程の指導で関わったくらいで、この治験自体に参加し名を連ねているわけではない。

 宰相の職権乱用で私の素性までバレているのだとしたら、情報漏洩という点では一大事だ。

 …この世界でそもそも個人情報保護の概念はないかもしれないことについては置いておこう。



 「ユリカさんはこれを知ってるのね。本当に、作った方には感謝しかないわ。」


 「私も薬を侮っていましたが、常識が覆されましたよ。」



 …宰相様、疑ってごめんなさい。

 どうやら治験薬と私が呼ばれた理由は関係なかったらしい。

 とりあえず、治験薬が今治療の必要な患者さんに届いて効いているようで良かったと嬉しく思う。



 「お取り込み中のところ申し訳ありません、そろそろ定刻ですのでお薬を飲まれないといけません。」


 「ごめんなさい、これよね。そろそろ起きるかしら。ユリカさんも来てくれたし、ひと目会えると良いのだけれど。」



 ちょうど治験薬を知っていることについてどう返事したらいいか困って少し沈黙となってしまった時、廊下とは別の扉から白衣を着た人物が出てきた。

 彼の見た目とアメリアさんと話してる様子からして、恐らく医師だろう。

 治験薬を飲んでるという点から、施設ではなく自宅で治療しているようなので、医師がこちらへ足を運んでいるようだ。



 「ユリカ、もし見ていられなくなったり気分が悪くなったりしたら誰かに言うか、すぐ部屋から出ても良いからね。彼に会って欲しいとは言ったけど、もちろん強制ではないから。」


 「そうよ、無理しないで。私も恥ずかしながら泣いてしまうかもしれないけど、気にしないでちょうだいね。」



 そう言って、医師が出てきた扉の方へ案内される。

 二人とも私に気を使ってくれているようだが、前世ではたくさん患者さんを診てきたので少しのことでは驚かない自信がある。



 部屋に入ると、そこは寝室だった。


 そして、"何か"が部屋の真ん中に置かれたベッドに横たわっていた。

 でもそれは人間と呼ぶには黒くて、確かにヒトの形をしていて。


 私達のぞろぞろと室内に入ってきた音で目を覚ましたのだろう、黒い皮膚の中から青い瞳が現れ、それを見たユリカはハッとした。



 「──────アレン?」

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