第31話 治験

 見慣れた廊下、見慣れた教室、見慣れ始めた隣の空席──。



 「アレン様は本日もお休みですのね。」


 「寂しいですわ。ぜひお見舞いに伺いたいと思いましたのに、先日伺ったら断られてしまいましたの…」


 「落ち込まないでセシリア嬢。お見舞いは僕も行けてないな。」


 「まぁ、殿下もお会いできていないのですね。」



 乙女達恒例の集会を横目に見つつ、聞こえてきた話に耳を傾ける。

 こうしてアレンが続けて休むのにも疑念を抱く者たちが現れてきた。彼の家は不自然なほど他人との接触を控えるから余計だ。

 ホームルーム担任のグレゴール先生は"家庭の事情もあるため深く詮索しないように"とだけで、頑なに教えてくれない。

 …なんて、先生も知らないだけかもしれないのだが。






 もうすぐ冬がくる。

 ──つまり、アレンの16歳の誕生日がくる。


 図書館の禁書庫で読んだ王家の呪いが本当ならば、彼は誕生日に亡くなることになる。


 今頃、彼は痛みに苦しんでいるのだろうか。


 思えば、今ユリカが尽力している麻薬の医療導入もアレンのためだった。

 前世と違って精密機器はないものの、魔法成分の抽出・合成が出来るらしく物凄い勢いで研究が進んでいる。

 しかし、そもそも概念すらなかったものを1から作るには当然時間がかかってしまう。


 現在は前世でいう第Ⅱ相臨床試験の途中だろうか。(※第Ⅱ相臨床試験:少数の患者に対して使用し有効性、安全性、投与量等を決める段階。いわゆる治験の第二段階。)

 第Ⅱ相試験の後はさらに次の段階、第Ⅲ相試験を経て、その薬が有効であると結果が出れば国から承認を得次第、初めて販売可能となる。


 正直アレンの残り少ない期間を考えると治験に参加してもらいたいところだが、私に決定権はない。


 そもそも比較試験は偏りなく公平に行う必要があるため、治験参加者をどの処置にするかは無作為に決め(ランダム化割り付け)、治験を行う側も患者本人もどの処置が割り付けられているのかが分からないようにする方法(二重盲検法)が採られることが多い。

 もちろん前世を真似て今世もそれを採用するよう宰相に伝えてある。


 そしてあくまでも治験に参加するかどうかは、本人が医療行為を受ける前に、医師から全てのリスクを含め分かりやすく十分な説明を受け、それに対し疑問があれば解消し内容に十分納得した上で同意(IC:インフォームドコンセント)を得る必要がある。

 だから仕組みを作ったとはいえ、ただの学生である私が治験を行う医師にアレンのことを打診したり、彼に本物の薬を使うよう強要することは出来ないのだ。



 ──ごめんなさい、アレン。貴方の痛みを和らげられるかもしれない薬、間に合わなかった。



 ここまで早く研究が進んだのはとても凄い。

 それでも、大切な友人ひとり楽にさせてあげる力はなかったのだ。

 奇跡的にアレンが治験に参加できていたら良いのだけど、殿下ですら会えないのに私にそれを知る術はない。



 時々、授業中にも関わらず涙が出そうになる。


 私は何のために前世の知識を持っているんだろう。

 安全性を捨ててでも早く承認できるシステムを作れば良かったのか…なんて、悩んでも悩んでも隣の席は空いたままで。


 そうして悔やんでも仕方ないことを考えながら、刻々とアレンの誕生日は近づいてくる。





 「最近ユリカったら根詰めすぎていない?悩みがあるなら相談してね?」


 「アシュリー…ううん、自分の力の無さを悲観してるだけ。ごめんね。心配してくれてありがとう。」


 「十分すぎるくらいユリカは凄いと思うけど…1人じゃできない事なんてたくさんあるわ。」



 アシュリーに心配させるなんて、情けない。

 それでも、親友の言葉はありがたかった。


 そんな中、お互い忙しくて文通頻度が減っていたキリアンから、まだ前回貰った返信を書いてもいないのにも関わらず手紙が届いた。


 『──また、お会いできませんか?貴女にどうしても会って頂きたい人がいます。』

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