第28話 カノコソウとスケッチ
「まぁ、ヴァレリアンが咲き始めていますね。」
今は薬草学の授業中。サークルの顧問でもある先生が、クラスの生徒たちを引き連れて薬草園に来ている。
各々気に入った薬草をスケッチし、その生態や薬としての作用についてまとめて提出しなければならない。
春になり初夏に近づき少し暖かくなってきた頃、様々な花が顔を出す。
「なんて小さく可愛いの!つぼみはほんのりピンクだけど、花が開くと真っ白なのね。」
「見て、こっちの花は全体が薄いピンク色よ!」
「この根っこの部分がお薬になるんですよ。ほら、せっかくだから匂いを嗅いでみてちょうだい。」
「ゲッ!クサ過ぎッッ!!」
匂いを嗅げってわざわざ言うくらいだから予想はできただろうに。勢いよく嗅いでしまったクラスメイトは鼻が曲がりそうだと駆け回っている。
可憐な見た目の植物だが、その匂いは強烈。一般的に"足の裏の臭い"と例えられ、実際その成分は同じなのである。その根には鎮静作用があるとされており、薬として用いられているようだ。
なんだか懐かしい気持ちで花を観察する。私はこの花を知っていた。日本では"カノコソウ"という名で知られ、根と根茎が生薬として婦人薬に使われている薬草だ。
市販でも売られている婦人薬の成分を見てみると、"吉草根(キッソウコン)"の名で見つけることができるだろう。
皆楽しそうに集まってスケッチをしている様子を、ユリカは少し離れた日陰から優しく見ていた。
こんなに穏やかな気分はいつぶりだろうか。
最近は貴族のお屋敷に連れて行かれたり、職場に連れて行かれたり、王宮に連れて行かれたり。
それぞれの話は着々とすすんでいる。
貴族界では、年末の夜会でアシュリーのお母様が自慢したそうで型紙を持っている服飾師のもとへオーダーメイド品の注文が殺到しているとのこと。
一般向けブラジャーは何度も試作を重ね、微調整は終わっている。そろそろ大量生産ラインも整うため、いよいよ販売を開始するらしい。こちらもお金持ちの流行に敏感な奥様方から噂がまわり、既に予約でいっぱいだ。
私も創案者として利益の一部を貰い受ける話になっていて(というか無理矢理アシュリー母にさせられた)、正直売り上げが凄いことになりそうで怖い。
自分の分はアシュリーと共に試作品をレビューした後そのまま調整して貰っているので、洗い替えまでバッチリ持っている。また前世の頃から習慣になっている全身リンパマッサージのおかげもあり、最近私の胸の成長は留まることを知らない。
ちなみにアシュリーも胸はグングン成長しているが、背は伸びていないことを悩んでいる。可愛いながらも色気が出てきて、男性陣の目が怪しくなってきた。私が彼女を側で守らねば。
キリアンとは相変わらず手紙のやり取りが続いており、最近は研究に関わらず他愛の無い話もたくさんしている。
そもそもキリアンは優先度の高い別の仕事で忙しく例の研究を進める時間がほとんど取れていないという。好きな研究だけをずっと続けられるなんて甘い仕事は無いのだろう。
あの後、ビーレンサイツ王家の紋章に似ている母の印章について実家へ手紙を送ると『今度帰ってきた時に昔話をしましょうか』とだけ返信が来て、詳しいことは分からず終いとなった。
次に実家に帰るのは使い魔を召喚したらと決めているので、少し先の話になりそうだ。
麻薬に関する法整備は宰相様が奔走してくださっており、ヨーゼフさんも医師の立場から全力でサポートし進めているらしい。
やはり国王のためとのこともあって、様々な業務の合間を縫っても凄いスピードだ。普通イチから法を制定するのにかなりの時間がかかるはずだが、早ければ半年後には公布・施行できて研究が始められるらしい。
特に今回は未流通のものに関し私がもう完成した日本の法律を持ってきたことや、大元が国の独占権という点で話が進めやすかったのだそうだ。そして面倒な免許の確認や譲渡・譲受に関しては今世ならではの魔法刻印を使って行うそうで、違反すれば直ちにバレて捕まってしまうとのこと。
そして私がゾレナさんや先生と相談しながら研究しているのが、薬剤に徐放性(薬の効果時間を長くすること)をもたせる加工である。
基本的に痛みは突出痛と持続痛の2種類あり、前者はすぐ溶けて吸収されるようなものを作れば良いが、後者は1日の服用回数も考え12時間程度作用が続くものが望ましい。
この世界では薬と言ったら粉薬か丸薬、薬草を煎じて飲む液剤であるため、初めての錠剤製作である。
とはいえ魔法で薬品をコーティングしていくだけなので、そう時間はかからないと見込んでいる。
「──絵、上手いんだね。隣良い?」
突然後ろから掛けられた声にびくりとし、振り返るとアレンが立っていた。
どうぞ、と少しずれて隣を空ける。
「ありがとう、スケッチは好きなの。」
「良い場所だね、ここ。日陰だし、ちょうど皆の視界から外れる。」
軽く立ちあがって彼の視線の先の薬草園中央を見ると、令嬢たちがひしめき合っていた。恐らくアレンはあそこから来たのだろう。
モテる男は大変のようだ。だが思わず羨ましくてジト目で彼を見てしまうのは許して欲しい。
今私達がいる場所は蔦植物が屋根のようになっていて日差しが遮られており、毒を持つ植物が多く配置されたエリア。意外と花は綺麗なものが多いのだが、令嬢達にはあまり人気がない。
ちなみにアシュリーは気に入った花を見つけたそうで、スケッチの間だけ別行動だ。
「別に令嬢達を嫌ってる訳ではないんだよ。ただ、特別な感情を持たれても私には返すことができないから…。」
「あぁ、好きな人がいるから?」
「はは、それもそうなんだけどね。」
──それ"も"って。そしたら…呪いかな。
「じゃあアザのせい?」
頭に思い浮かんだことをそのまま口にして、ハッとした。呪いのせいで長く生きられないって話は、私が勝手に調べて知っているだけだ。
それにこんな場所で話して良い軽い話題ではない。
「ってごめん!答えなくていいわ、今のは聞き過ぎた。」
「いや、いいよ。驚いたけど…正解だよ。君にこんな事言うのはおかしいのだけど、こんなの気持ち悪いし、軽い付き合いの方が色々楽だろう?変に同情されたりするのは嫌なんだ。」
…楽?なんだそれ?
呪いのせいで短命だから、自分が死んだ時に皆が悲しまないように仲良くならないでいようってことだろうか。
もうこんなにもクラスの一員として馴染んでいるのに。
こんなにも、人の気持ちに入り込んできているのに。
短絡的かもしれないが、私なら逆に短い人生全力で楽しんで、たくさんの人に悲しんでもらって、皆の楽しい記憶の中で生き続けたい。足掻いて、あがいて、あがく。
だからそんな悟ったような、悲くなんてないような顔をしないで──。
「ふぅん、それは随分と自分勝手ね。もう既にクラスの一員になっていて軽い付き合いとは言い難いわよ?それにあくまでアザの話であって、貴方自身は全く気持ち悪くないわ。」
何て言えばいいのか分からず、何故か責めてしまった。
アレンは少し驚いたような顔をすると、表情を隠すように下を向いて「そうか…ありがとう」と呟く。
数秒の沈黙が続いていたところへアシュリーが戻ってきて、彼は入れ替わるようにその場を離れていった。
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