第27話 前世と治療法
王城を後にして店に戻ってくると、馬車の中でも一切喋らなかったゾレナさんが話しかけてきた。
「ねぇ、ユリカ。あなた時々変な事…いや、異次元の高度な知識を話していたでしょう。今回連れて行ってみて確信したわ。」
バレていたのか。
たしかにポロッと日本の知識を話してしまうことはあった。ゾレナさんの店では特に医療に関係することだったので顕著に出ていたのかもしれない。それに…身体の症状とか聞いて相談にのってたりしてたから、気づいたら私の噂が回っていてお客さんが増えていたりする。
少し考え黙り込んでしまった私を見て、ゾレナさんが口を開く。
「全部じゃなくていいの、貴女のその知識は何?今日考えていたこと、少しでも言って貰えないかしら。」
…顔に出ていたのだろうか。
別に隠していた訳ではない。ただ色んな人に喋り過ぎて神格化されたり、あまりに大事になったとき最後に何も出来ないと見限られて殺されるんじゃないかなんて思ったりした事もある。
しかし的確に"異次元の高度な知識"と名言されてしまっては、もう話す他ないだろう。
話す事が漠然と怖くて思わず不安を述べると、私の頭を撫でながら「守るわ、私の大切な子だもの」と言葉をくれた。
腹を括ったユリカは信頼するゾレナさんという事もあり、前世の記憶を持っていることからぽつぽつ…と話し始めた。
*
「…というわけで、生まれ変わる前は魔法がなく科学というものが発展した世界で薬について学んでいました。そこで、国王様のような症例を少し見たことがあった程度に過ぎないのです。」
「そう、なのね。あの場で言いたいのを我慢してくれて助かったわ。私にはがん?の話…されてもフォローできなかったもの。」
まぁ実際は言いたくて我慢していた訳ではなく、単に言う勇気が無かっただけなのだけれども。
それに中途半端な知識で患者さんに不安を煽るようなことだけは医療従事者だった身として許せないのだ。
ゾレナさんは私の前世の話に少し驚いた様子を見せるだけで、馬鹿にせず最後までしっかり話を聞いてくれた。話を真剣に聞いて貰えただけで、随分と心が軽くなったように感じる。聞き上手は偉大だ。
「それで、抗がん剤が作れないのは仕方ないとして他にどんな治療があるの?病気であるのならば、治癒魔法が効かなかったのはどうしてかしら…」
「癌の治療は3種類、外科的手術・化学療法・放射線療法ですが化学療法≒ニアイコール抗がん剤治療のことですし、放射線も科学的なので難しいです。となると外科的手術という話になりますが、簡単に言い換えるならば癌化した身体の一部を切り取る治療ですので病気の解明と術者の育成が必要になります。治癒魔法が効かない事にに関してはあくまで私の予想ですが、癌自体が異物ではなく本人の身体で出来たものだからかもしれません。」
癌の厄介なところ、それは自分の細胞であるという点だ。
遺伝子(細胞の設計図)に傷がつき蓄積されると制御を失ったその細胞が無制限に増殖し、がんが発生すると考えられている。傷の原因は様々あるが、「禁煙」「節酒」「食生活」「身体活動」「適正体重の維持」の5つをしっかり行うことが予防に大きく貢献する。国王に毎日の食生活について確認したのもこの為である。
要するに菌や毒などの異物ではなく、細胞についた傷でもない、身体にとってはただの自分の細胞が増えているだけの状態に治癒魔法をかけても無意味だった、むしろ進行を助長しているだけかもしれないという訳だ。
「おかしな設計図だったとしても、自分の細胞が増えてるだけだから治癒魔法が効かなかったのね。身体を切るって…大丈夫なの?」
「前世では徹底的に消毒された設備で、患者さんを麻酔で痛みを感じなくさせて行います。切った部分はしっかり止血しつつ、最後はしっかり縫い合わせれば後は自然治癒で塞がります。」
「縫い合わせる…もう分からない世界だわ。それにしても、切られた痛みも感じなくなるものがあるなんて。魔法がないのに物凄く発展した世界だったのね。」
「麻酔も薬のひとつです。強制的に意識と痛覚を奪って眠らせるんです。あ、…そうか、麻薬。」
そういえば、前世では法がきちんと整備されてから生まれたから思いつきもしなかったが、今世なら…作れるかもしれない。
根本的治療には結びつかない選択肢がもうひとつだけ。
進行してしまい治療することは難しい、若しくは抗がん剤治療の辛い副作用等を無理強いせず患者さんのQOL (生活の質)を優先させ穏やかな余生を過ごしてもらう為の医療 ──緩和医療。
痛みを和らげる最後の砦である麻薬。反面、使い方を間違えれば国ひとつ軽く滅ぼせる力を持つ非常に危険なモノ。
植物に関してはほとんど同じか、魔植物となり更に強い作用を秘めている今世なら、その原料が自生している可能性が高い。
法がないのなら最初から整えてしまえば良い。国王のための薬を正しく扱うための法だ、日本と同じようにするには大変だろうがこちらの我儘を押し通す事だって可能だろう。
「ゾレナさん、こんな植物ってありますか?」
ひたすら前世で習った薬用植物学の図鑑を頭の中で捲りながら1番有名な原植物の絵を描いて見せる。
すぐに「見かけた事があるわ」と嬉しい返事を貰い、ゾレナさんに詳しく麻薬について説明することにした。
必ず国から研究者・製造者・販売者・調剤者・施用者などの免許を取得した者のみが扱えるようにすること。製造は国の独占権とし、免許保持者意外の所持・使用に関しては重い罪を課すこと。廃棄する時は場合によるが必ず国から派遣した第3者を交えて確認しながら回収できない方法で廃棄することなどを法律として定められてから初めて作ると話した。
そして1番大事な話、依存の危険性と、正しく使う分には天井がない事について。前世で起こった悲惨な過去の歴史から、絶対に健常者に使わせないこと。しかしながら本当に痛みのある患者さんには適正範囲内で使う分には依存を引き起こさず安全に使えるということ。
ユリカは記憶の限りゾレナさんに話した。前世で真面目に勉強したことが、まさか転生した異世界でこんな形で使う時が来るとは。
夜遅くなってしまったので帰りはゾレナさんとエクトスに寮まで送ってもらい、また話を詰めてから宰相へ進言することを約束した。
ユリカの頭には国王もそうだが、何故だか痛みを我慢し慣れてしまっているアレンの顔でいっぱいだった。
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