第26話 入城

 気付いたら乗せられていた馬車の中は、それはそれは息苦しくて仕方なかった。

 宰相様は「どうか、苦痛を取るだけでも」と偉い人というのも忘れてしまう程の低姿勢で、本当に王様を心配しているのがよく分かる。が、しかし私には身分違いすぎる空間に正直生きた心地がしなかった。


 ちなみに私はゾレナさんの弟子という扱いになっている。そのため一緒に王の容態を側でみても良いらしい。王宮のセキュリティーがやばいのか、それともゾレナさんに対する信用が凄過ぎるのかどちらだろうか。




 しばらくするとガタッと馬車が停まり、あれよあれよと案内され荘厳な造りの建物に飲み込まれていく。歩いて、曲がって、渡り廊下から中庭を抜けて、また曲がる。ユリカはただひたすら、前に進でいく宰相について行くので精一杯だった。


 歩みを進めていくと、途中明らかに床の絨毯が豪華な区域に入った。場内を見回っているのが衛兵から近衛兵に変わったことから、恐らく王族居住区域に入ったのだろう。

 それにしてもここまで遠かった。一体どれ程歩いたのだろうか。ただここまで来るのは王族だけで、普段来客はもっと手前の応接室や謁見室に通される。私らがレア中のレアという事には間違いないのだ。



 「こちらが王の私室でございます。先に入って説明して参りますので、少々お待ちください。」



 廊下を見渡すと、たくさん扉があった。私に気付いた近衛兵が、それらのほとんどはダミー扉であることを教えてくれた。これもセキュリティーを高めるための一つなのかもしれない。忍者屋敷を思い浮かべ楽しくなってしまった私は、興味本位にキョロキョロしてるとエクトスにしゃんとしなさいと小突かれてしまう。



 しばらくすると呼ばれ、中に招き入れられた。

 中に入ると居間になっており、思っていたよりシンプルかつ品の良いソファに案内された。歩き疲れた脚には大変助かる。

 座ると同時に紅茶が用意され、さらに奥の扉から白い服を着たお爺さんが出てきた。



 「お久しぶりです、ヨーゼフ。」


 「ゾレナ様、わざわざ御足労頂いて申し訳ありません。おや、初めまして。貴女がお弟子さんでしょうか。私は医者をしておりますヨーゼフ・シャークリサと申します。」


 「初めまして、ユリカ・ウィンスレットと申します!よよ、よろしくお願いします!」



 緊張で挨拶を噛んでしまった。温かい目で見られて恥ずかしい。

 それにしても、2人の様子からしてゾレナさんと王宮医ヨーゼフは知り合いのようだ。


 ヨーゼフ医師が私らの正面に腰掛けると「早速ですが…」と王の容態の詳細を説明された。スッと手の平を上に向けると、X線CTにMRIを組み合わせたような映像が映し出される。それは更に見たい組織だけを自在に拡大・縮小して見ることができ、見やすいように色分けしたり、時間経過と共に動かすこともできたり、実際に食べ物を飲ませたりしなくてもシミュレーションすることもできるという。他にも色々できそうで、便利すぎる魔術だ。


 話によると王は数年前から身体の異変に気付いていたものの、時々腰の痛みなどで診察してもらったついでに全身に治癒魔法をかけてもらい、安心して高をくくっていたという。

 まぁ治癒魔法なんてチート過ぎるものがあるせいで、あまり病気に対する認識がないのだろう。

 身体の異変というのは持続した痛みが続いており、歳のせいか疲れやすくなり、胸が張ってきたこと、奥に硬いしこりのようなものができていること等らしい。たしかに映像からも、胸が女性らしく少し膨らんでいるのが分かる。

 しかしながら治癒魔法をいくらかけても改善しないと言う。

 正直いまいち治癒魔法がどういったものなのか分かっていないが、恐らく異物や細菌を取り除いたり細胞の傷を治すようイメージして使うのだろうか。




 ヨーゼフ医師と一通り話を終えてから一緒に王の御前へ行き、容態を診させてもらう。国王は私らを快く受け入れてくださり、話してみると本人は気丈に振る舞ってはいたが辛そうだった。どうやら初期の痛みに効いていた薬に対し、余程期待しているらしい。言っていた通り少し太ったと片付けられそうな程ではあるが僅かに乳房が出ており、左胸を4分割した際の上外部に硬いしこりのようなものが出来ていた。更に確認すると腋窩リンパ節は張り、毎日美食美酒を堪能しているという。


 ユリカは日本にいた頃の感覚からなんとなく察しがついた。前世は薬剤師だったので診断を下すことは法律に反く為できなかったが、何度も目にしてその治療に当たってきた。

 恐らく、国王の病気は────乳がん、だろう。



 男の人なのだから乳がんは無いだろうって?そんなことはない。実際時々いて、そこまで珍しくもなかった。古代エジプトの医師だって乳がんだと思われる記述を残している。

 男の人の場合マンモグラフィなどの定期検査する人は殆どおらず、更に中年太りと相まってしこりや女性化乳房などの症状もわかりづらく、気付いた時には結構進行していることが多い。それでもゲノム解析が進んだ結果、検査で早くに分かり早期治療ができて事なきを得る人も沢山いた。


 しかし今世ではどうだろうか。そもそもチートすぎる治癒魔法で殆どの医療的な問題は解決出来てしまうので、医学も薬学も全くと言って良いほど進歩がない。私が扱っていた抗癌剤はなく、若くして前世の生涯を終えたこともあり乳がんのスペシャリストには遠く及ばないのだ。前世と同じ治療方法を今世で再現することはできない。それにまだ王は50代なので、様々な病気の可能性を考慮し潰してから治療を行うべきだ。今世で通用するかも分からないようなこんな曖昧な知識を、学生の身である私が王族の前で発言するべきでないことは明確だった。



 結局何か思うことがありそうなゾレナさんの一旦持ち帰るという一言で、ひとまず王宮を後にすることになった。

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