第25話 来訪者

 開かれた扉からはぞろぞろと5名ほど入って来て、それでもなお外には騎士や従者などが残っていた。1人の外出にこれだけの人数。深く考えなくとも高貴な御仁なのだろう。

 最初に入ってきた騎士2名が横へ捌けると、護られていた人物が一歩前へ進む。そして店内の奥を一度見てから私の方へ顔を向け、人好きな笑みでこちらへ近づいてきた。



 「失礼、薬の魔女ゾレナ殿…ではないようだが、彼女は不在だろうか?」


 「えっと…」


 「その子は唯のアルバイト。私はゾレナの使い魔よ、今外に出てるけど本人と繋がってるから話を聞くわ。」



 なんと返答していいか戸惑う隙も与えずエクトスが助け舟を出してくれた。ゾレナさんの使い魔はなんて優秀なのだろう、私も早く召喚したくなる。



 「これは…エクトス殿、でしょうか。私はアルフレッド・ヘンリー・バスルフェクス。今回はお願いがあって参りました。」


 「あら、私のことご存知なのね。それで、宰相自らこんな店に来るなんてどんな用かしら?」



 どうやらこの方は宰相らしい。宰相……つまり、王族を除けば国のトップである。クラスメイトに王子がいるから勘違いしがちだけども、実際は人生でお目にかかる可能性の方がかなり低いような御仁だ。ひぃぃ。


 訪ねた訳を聞かれた宰相はエクトスの言葉に重く頷く。途端、なんと頭を下げた。

 思わずこの場に居ない方が良いんじゃないかと思う程空気までもが重くなる。それにしてもずっと毅然な態度を取っているエクトスは凄い。鋼の心を持っているのかもしれない。

 宰相は頭を下げたまま、重い口を開く。



 「王の、体調が優れないのです。治癒魔法も人を集め最も高度のものまで何度もかけました。痛みがあると言うのに、治癒魔法が効いてる様子すらないのです。」


 「ここに来たってことは普通の薬も効かなかったってらことかしら。」


 「その通りです。しかし、最初は痛み止めを飲むと少し効いていたようなのです。なので根本的解決にはならないかもしれませんが…藁にも縋りたい状態という訳です。」


 「なるほどね、ゾレナが詳しい容態を知りたいから見にいくと言ってるわ。もうすぐここへ着くから、そのまま王宮に連れて行って貰う形で良いかしら?」


 「勿論です。ありがとうございますっ」



 どうやらゾレナさんは帰ってきて早々また出掛けてしまうらしい。しかも王宮に。偉い人が直接王様の治療を依頼しに来るだなんて、やはりゾレナさんは凄い人だったらしい。


 それにしても魔法も薬も効かないなんて、なんだか聞き覚えのあるフレーズだ。だいたい王の体調が悪いなんて話をこんなところでして良いのだろうか疑問に思うが、宰相が気にしてる様子ではないので心にしまっておくことにする。


 最初は薬が効いていたというのも定かではない。前世では「プラセボ(プラシーボ、偽薬)効果」といって、本当にその作用がなくとも”薬を飲んだ”という事実と”効くだろう”とポジティブに思うことによって実際に身体に良い影響が出ることが研究の積み重ねで分かっている。

 ちなみに逆に副作用などの不安が強過ぎて、本来薬の持たない望まない作用を引き起こすことを「ノセボ(ノシーボ、反偽薬)効果」と言う。


 さて、自分はとりあえずアルバイト時間いっぱいまで留守番してから戸締りして帰ることにしようと、一旦店の奥へと下がる。

 とはいえ、もうすぐ夕飯時。この時間からお客さんが来ることは殆どないので引き続き掃除だ。



 「ユリカ、すぐに店の戸締りしなさい。」


 「えっ、もう店仕舞いですか?」


 「そうよ。ゾレナからの指示よ、急いで。」



 エクトスさんが身嗜みを整えながら言う。どうやらもうお店も閉めてしまうらしい。

 まぁ私は早上がりできてラッキーだから、喜んで閉店作業をする。作業と言ってもお金を数えて記録し金庫に入れたり、ササっと掃除して戸締りするだけだ。


 一通り作業を終え、あとは着替えてお店兼家の出入り口に鍵を掛けるだけとなった時、ちょうどゾレナさんが帰ってきた。



 「お待たせしてごめんなさいねぇ。ユリカ、着替えるからそこクローゼットから取り出してくれる?」


 「分かりました!」



 ゾレナさんはたった今帰ってきたところだが、さすがに王宮へ入る為か正装に着替えるらしい。今着てる服もちゃんとしてるように見えるけれどもダメなのだろうか。

 とりあえず元気よく返事をして、言われた通りクローゼットへ向かう。クローゼットにしては2〜3着くらいしか入らなさそうな幅だが、これ以外にそれらしきものはないので恐るおそる開けてみる。



 ──え?これってゾレナさんの服なの?



 中に入っていたのは細身で上品な生地で織られ さり気無く入った刺繍の美しい、どちらかと言えば若い子が着るような服1着だけだった。たしかにデザインは素敵だと思うけれど、ゾレナさんには少々若過ぎるのではないだろうか。

 ユリカはさすがに不安になって確認する。



 「ゾレナさん!これで合ってますか?」


 「そう!素敵だわ、あなたに似合うと思ったの。」


 「…はい?」


 「あなた今日制服しかないでしょう?着替え終わったらこっちにいらっしゃい。」



 はて。つまりこれはゾレナさんではなく私の服ということだろうか。ちょっと待って、なんで私の服?

 寮に帰るだけならば来た時と同じ制服を着れば良いわけで。そして今着替えろという言葉の意味から考えられる答えは2つ。ゾレナさんが単にプレゼントしてくれて早く着た姿が見たかった、もしくは──。



 「着替えました、どうでしょうか。」


 「まぁ、やっぱり良いわね。整えてあげるからここに来て。」



 ゾレナさんの目の前に立つと、シュッと指を一振りされる。すると瞬く間にひとりでは留められなかった背中のボタンがかけられ、伸びた鉄錆色の髪の毛は綺麗にふわりと一本に編まれて左肩に下ろされ装飾された。



 「わぁ、ありがとうございます。…えっと、それじゃあ制服に着替えて私は寮へ帰りま」


 「何言ってるの、貴女も一緒に王宮へ行くのよ?ほらほら待たせてるのだから早く馬車に乗りましょう。」


 ──そんな気はしていたけど!!なんで?えぇ〜〜?!?!

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