第24話 印章と印象

 「それで、今日君を呼び出してまで見に来て欲しかった本題なんだけど…この紋章、君の印章に似てるよね。あれは君の家に代々伝わっているものなのかい?」



 そう言われ見せられたのは、ビーレンサイツ王家の紋章だった。

 見た瞬間、ユリカはあれ?と思った。より、似ていたのだ。それはサリィ先輩と一緒に見た図書室の歴史書に載っていた写真よりも随分古く、写真ではなく最早絵画か魔術による複写のような資料で。多少劣化があるとしてもさすがに模様を写し間違えることは無いだろう。



 「似て…ますね。あれは家を出るとき母に半ば無理やり押し付けられた様なものなのでよく知らないんです。遠縁や親戚?みたいなのもいなくて、手紙を書いたのも寮に入ってから生まれて初めてのことでした。」



 ふむ、と顎に手を当てキリアンは考え込み始める。

 実際、あの印章の存在すら知らなかった。母は時々手紙を書いていたようだけれども、私は全員身内のような狭い街で育ったので手紙をやり取りする相手がいなかったのだ。



 「お母様の御生家を聞いても?」


 「…申し訳ありません、知りません。父と恋に落ちて今のところに住んでいると言ってましたが、祖父母はもう亡くなっているということくらいしか聞いたことがありません。」


 「そうか…。」



 それきり、キリアンは私の家庭事情に突っ込むことはなくなったが、ずっと何か考え事をしているようで半分くらい上の空であった。あくまでイメージだが、学者ってこういう感じの人が多い気がする。


 ただ、考え事してる人とは視線が合わないことが多いはずなのだが、キリアンとはやたらと目が合った。ふと顔を上げると、目が合って逸らされ話の続きや別の話題に切り替わったりする。

 そんな状況だったので私は美味しい紅茶を全力で味わい、お茶請けのクッキーを食べまくってしまった。


 帰りも紳士らしく学校まで馬車で送りエスコートしてくれたキリアンは、道中私自身に関する質問をたくさんしてきた。「趣味は?」「休みの日は何してることが多い?」「友達たくさんいそうだね」とか何これお見合いか合コンかって感じだ。実際したことないけど。

 極め付けは「私のことどう思う?」だった。他の質問は無難に答えていたがこれは答えにつまる。正直何と言えば良いか分からなかった。貴族相手に変な人だと思うが会話していて楽しいとか言えないだろう。困った私は「キ、キラキラしていると思います…」と謎の受け答えをし、それを聞いたキリアンに吹いて笑われた。

 それから吹き出したことを非常に謝られたところで、「ユリカは良い子だね」と言われ本当に意味が分からなかった。素直に「どういうことですか?」と聞くと、少し困ったような顔をして言う。



 「こんなこと自分で言うのも変なのだが、君には欲目というものを一切感じないんだ。その…私にそんな力は無いのだけれども、貴族だなんだって言って取り入ろうとしないというか。単純に研究のことを真剣に話せたのは初めてだったんだ。本当に楽しかったよ、ありがとう。」



 なるほど。お貴族様って大変なんだな、って感じだ。でも、まるで私が聖人みたいな言い方に引っかかるので訂正しておきたい。



 「まさか、欲目が無いなんてことないですよ。お恥ずかしい話、好きだった人のことを少しでも振り向かせたくて調べていただけなので。」



 アレンのことは言えないので曖昧に言うしかない。しかし、「好きだった」と自分で言っておいて何だか悲しくなるのは何故だろうか。


 途端、馬車が止まる。どうやら学校に着いたようだ。キリアンは私の言葉に対し「素敵だ。」と言い、ただフニャリと笑っただけだった。







 翌日、ユリカはゾレナさんの所へアルバイトに来ていた。


 相変わらずほとんどお客さんは来ないので、ひたすら店内の掃除をする。最近は金属で出来たものを荒い目から段々細かい目の鑢に変えていき磨きまくることにハマっているのだ。今日はお店の入り口の扉の取手を無心で磨いてゆく。


 ゾレナさんはそんなことやらなくて良いと言うのだが、私が気になるのである。せっかく素晴らしい薬を売ってるお店なのに、この寂れた雰囲気で客足が遠のくのは嫌なのだ。意外と人は細かいところを見ているもので、知らず知らずのうちに様々な印象を与えていると私は思っている。

 あとは、タダ働きみたいになるのが嫌なのでただの自己満足だ。


 一通り磨き終わり、研磨剤を全て拭き取り仕上げをする。元の色とまではいかないが、ピカピカになった取手を見るのはかなりの達成感である。

 ふぅっ、と一息つき扉のガラス窓から街の様子を見ると、その光景にギョッとした。

 お店の目の前には豪奢な馬車が止まっており、街の人々も立ち止まって様子を伺っていた。



 ──え、明らかにこの店の前よね?ゾレナさんいないのに!



 馬車からはいかにも身分の高そうなおじさんが降りてくる。

 何かあった時は時は呼んでとしか言われておらずどう呼ぶのかなど聞いておけば良かったと後悔しつつも、困ったユリカは誰もいない店内に向かってとりあえず呼んでみることしかできなかった。



 「ゾレナさん!エクトスさん!!」



 するとカウンターの上の空間が歪み、その中から何かが出てきたと思うとこちらに飛んできて頭を軽くパシッと叩かれた。



 「そんな大きな声で叫ばなくたって聞こえるわよ。うるさいわねっ。」



 そこに現れたのはゾレナさんの使い魔であるエクトスだった。叫んだつもりは毛頭無いのだが、焦って声が大きくなってきたようだ。

 ホッとしたのも束の間、お店の扉がガチャっと開かれてぞろぞろと狭い店内に人が入ってきた。

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