第21話 商品開発
「ところで、今日急にお招きした理由でもあるのだけど聞いても良いかしら。」
「はい、お願いします。」
アシュリーの部屋でひと通り普段の生活などについて雑談をして盛り上がり、場が温まってきた時だった。急に雰囲気の変わったマチルダさんの言葉に思わず身構え、落ち着いてきて出始めていた唾液をゴクリと飲み込む。私をまっすぐ見つめるのは、ものすごく真剣な瞳だ。
「アシュリーから聞いたのだけれども、"ブラジャー?"について改めて聞かせてもらえないかしら。」
――やっぱりブラジャーについてか…。今世には存在していない説が正しかったのかしら?
アシュリーにカフェで話したのと同じことをまず話すことにする。
「そうですね。まず、あくまで胸のみを支える下着です。コルセットとは違い締め付けて体型を補正したりするわけではありません。ドレスなどで必要な場合コルセットは別で着けることになります。」
「普段、胸は下着の上からコルセットで押さえつけているわね。補正しないのであればブラジャーを着ける必要もないのではないかしら?」
「奥様、少し"はしたない"話になってもよろしいでしょうか?」
「え、えぇ。」
「では。奥様はまだ若々しくて形のきれいなお胸をお持ちのように伺えますが、この先どうなるとお考えでしょうか?」
「どうなるか…なんて考えたことなかったわ。年上の方、そもそも他の人の身体すら見たことがないもの。」
「そうですよね。結論を言いますと…垂れます。ひどいとお腹に布が被さるかのように垂れます。」
「「垂れっ?!布?!?!」」
おしとやかに話を聞いていた二人だったが、衝撃のあまり驚いた顔をしたまま固まってしまった。
前世では洋服の生地が薄く胸の形が外からでもある程度分かったけれど、この世界は皆着込んでるから他人のなんて見る機会などない。それに治癒魔法があるとはいえ、日本のように環境が整っているわけではないから寿命も少し短めだ。
「皆さんコルセットを一日中着けているわけではないですよね。」
「えぇ、蒸れるし苦しいもの。独りで部屋にいる時は下着の上に服を重ねているだけね。」
「コルセットを着けている時は胸を押しつぶしています。押しつぶされたあと、胸の重みを何にも支えられず放たれる…これを繰り返すことにより少しずつ皮膚がのびていき、将来垂れるの待ったなしの危機的状態を作り出しているのです。」
「なんてことっ!」
ちょっと話し方に熱が入ってしまった。そう、ここまで熱を入れて話してしまうのにも理由がある。私は前世の日本人体型で手に入れられなかった巨乳遺伝子を持っていながら、そのまま見過ごし無様に垂れさせるわけにはいかない。必要性を多くの人に分かって欲しいのだ!なんなら綺麗な巨乳のお姉さんをたくさん見たい!
この世界に来て、実は違和感を感じてはいたのだ。せっかく西洋風の世界観で、ナイスバディを期待していたのに実際街中で見かけるのは凹凸少な目なのである。
マチルダさんは「やっぱり人を入れていいかしら。」と断りを入れて何人かの侍女を呼び出すと、とにかく話の内容をメモするように言いつけた。さらに熱心なことに、「何か気になる点があれば、話を遮っても良いからどんどん質問もしなさい。」と追加で言づける。
「ごほん。それで、話の流れからするとブラジャーはコルセットのように苦しくなく気軽に着けられて胸を支えてくれる、ということかしら。」
「その通りです。形はこんな胸を包み込むバンドのようなものを肩紐で吊り下げるもの、更にバンド部分をしっかり作れば肩紐も無くし肩を出したデザインのドレスを着ることもできます。」
「肩を出す?!それは流石にはしたないのではないかしら…。」
「そうですね、でも流行はいつどう移り変わるか分かりませんよ?それに下着ですから必ずしも外出着に関わるとも限りません。その、旦那様の前だけ…とか。コルセットで引き締めているのは腰を細くして臀部を大きく見せたいからですよね。多くの男性は胸が大きいのも大歓迎なはずです、潰さずボンッキュッボンッな女性が好きなんです。」
なんだか自分で言っていて恥ずかしくなってくる。皆一様に「たしかに…」「ボンッキュッボンッ…」と小さく口にし、顔をほんのり赤くさせ周りの様子を見つつも少しうつむく。
基本的にこの世界では、首までしっかり覆い尽くすような淑女としての身のこなしが求められる。正直、前世と合わせてもあまり夜の男女の知識に明るいわけではない。しかし、男女の営みはいつどんな時代だって最終的に求めるものは同じはずだ。
たしか前世でも淑女スタイルから、積極的に胸や肩を前面に出して男性を魅了していくスタイルに変わった歴史があった記憶がある。
収集が付かなくなり少しどもっていると、途中参加の侍女のうちのひとりが手を挙げる。
「あの、少し宜しいでしょうか。そのブラジャーとやらを着けることによって、どうして胸が大きくなることにつながるのでしょうか。」
「そう思いますよね。これにはいくつか理由が挙げられます。一つはお二人には先程もお話しましたが、きちんと支えられてない状態で動くことによりその負担で胸の皮膚がのばされて胸が垂れることにつながります。二つ目は人にも寄りますが胸が背中に流れてしまうのを防いで、きちんと胸の位置を教えてあげ綺麗な形を維持します。」
「「垂れて、背中に流れる…」」
「日頃からしっかり支えてあげることで、特に胸の大きい人なんかは肩こりが軽減されるはずです。」
全員目から鱗といった顔でまじまじと私を見つめてくる。「もしかして走って痛かった時胸の皮膚がのびていたのかしら」「肩凝りが胸のせいだなんて考えたこともなかったわ…」など声が漏れ聞こえてくる。その後も質問攻めと具体的な製法にまで及び、最終的に商品化し販売する計画まで立てられた。
正直必要性を分かってもらえれば売れるとは思うのだが、肝心な販売ルートなどは真っ平だ。しかし、マチルダさんが「任せて、私が流行らせるわ!」と宣言し、その話はいつの間にか終わっていた。
気になってアシュリーにコソッと聞いてみると、なんでもマチルダさんは貴族界で皆の憧れの的存在で、良いと言ったものは瞬く間に売れると言われているすごい人なのだそうだ。
今回は既にあるものを広めるのではなく一から作る必要があるので、とりあえず旦那様に相談してみる(顔には何があっても作らせると書いてあるように見えたが)ということでお開きになった。そのためにも今後開発者である私と細目に連絡を取る必要があるとのことで、時々従者をよこすという話にまでなってしまった。
そして後になって分かったことだが、なんとシャインバルタ家の爵位は侯爵であることが発覚した。公爵家は二家しかないので、実質序列はものすごく高いということだ。侯爵家もそんなに数はないし、その中でも影響力は一番大きいという噂で、正直私は今更ながらビビッている。庶民にそんな貴族の序列なんて気にしろっていう方が無理な話なのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます