第20話 封蝋と絶世の美女
アシュリーと街へ出かけた翌日、ユリカは新しく買った便箋で習ったマナーを総動員し何とか書き上げたキリアンへの手紙を封筒に入れる。
外が薄暗くなってきた中、蝋燭に火をつけ新しく買ったシーリングワックスを溶かす。手紙は少し肌寒くなってきたのを利用し窓際に置いて少し封筒の温度を下げておく。そっと封を閉じたい位置にワックスを垂らして印章をのせる。
今回数色とラメが混ざったものを買ったので、垂らした蝋が広がる様はずっと見ていられる程に美しい。すぐに押し付けてきれいな模様を付けたい気持ちになるが、ここは落ち着いて。しっかりした木で作ってもらったスタンプの柄の重みだけでゆっくり押されるのを眺める。
封筒の温度を下げておくことで下の方から固まっていくので、少ししてから軽く押し模様をしっかりつける。すぐに外して見たい気持ちがはやるが、ここも一旦他の事をしたりしてしっかり待ち完全に固まるのを待つ。
「できたっ。」
そっとスタンプをはがすと、きれいに模様がついていた。しっかり封もされているようだ。お店で見た以上に色合いが美しい。思い切って一目ぼれしたこのワックスを買って良かったと思わず笑みがこぼれる。
貴族は執事が先に中を改める可能性もあるから、念のためこのワックスは送り相手本人にしか開けられないようになっている旨を封筒に小さく記しておく。
あとは寮の入口に設置してあるメールボックスに手紙を入れておくと、一日に二回、浮遊系の使い魔に乗った配達員が回収・配達してくれるのだ。キリアンはなぜだか直接寮に届けに来たようだが。
「ユリカ、今ちょっと良い?」
「どうぞ。」と答えると、仕切りのカーテンを少し捲ったアシュリーが顔を出す。もうこの時間なので寝巻姿だ。同室でもあまり見ることはないので、ちょっとしたラッキースケベの気分だ。髪の毛は緩く三つ編みにされていて、ゆるふわな雰囲気のパジャマはショートパンツで殺人的に可愛い。
「邪魔しちゃったかな、大丈夫だった?あのね、昨日帰ってきて直ぐにお母様に手紙をしたためたのだけど、さっそくもう返信がきて、都合の良い日に会うことができないかしらって仰ってるの。もしユリカさえよければ、近々直接お話ししてもらえないかしら。」
「もちろん良いけど…何かしら。明日になったら暦が変わってエクトスさんが予定シフトを持ってきてくれるはずだから、すぐ休みの日伝えるわね。」
「本当?突然なのにありがとう!手紙ではとにかく会いたいとしか書いてなくて…ごめんね。」
正直こんなに早くアシュリーの家に行くことになるとは思わなかったが、なんだか嬉しい。貴族の御邸に行くのは緊張するが、アシュリーやジークハルト先輩が育ったお家なのだからきっと温和な雰囲気なのだろう。
次の日、エクトスさんが新しい予定シフトを届けに来てくれてすぐアシュリーに休みの日を伝える。何を着ていけばいいか分からなかったが、アシュリーにも確認をとって制服で良いとのことなのでホッと一安心した。アシュリーも当日制服を着てくれるという。
休みの日を伝えると同じ日のうちに返信が来て、私の予定の中でも一番早い今週末の日程でお会いすることになった。思っていた以上に早くて驚いたが、本当に夫人の予定は大丈夫だったのだろうか。
*
当日になり、前回も乗った馬車でアシュリーの実家へ向かう。揺れが止まったと思ったら扉が開き待ち構えていた執事らしき人にエスコートを受ける。私まで「お嬢様」と呼ばれなんだかドキドキする。メインエントランスであろう扉へ近づくと、そこには絶世の美女が立っていた。
「ただいま戻りました、お母様。」
「お帰りなさい。そして初めまして。この子の母でマチルダ・セレスティア・シャインバルタと申します。いつもアシュリーと仲良くしてくれてありがとう。あなたがユリカさんね?会えて嬉しいわ。」
「こちらこそ、お会いできて光栄です。ユリカ・ウィンスレットと申します。今日はお招きいただきありがとうございます。」
第一印象は顔がとにかく小さい女神、である。ストレートでアシュリーと同じ美しい銀髪に、なんとなくだがジークハルト先輩のほうが濃く受け継いでるのであろう神秘的な雰囲気と目鼻立ち。子供を二人も産んだとは思えないほどスレンダーな体型で、美しすぎて年齢の予想もつかない。
せっかくだからとアシュリーの部屋へと案内される。
部屋はとてもシンプルでありつつも、どれも重厚感あふれる質の良い物だと見て取れた。さすがは貴族の御邸である。どうやら奥の扉が寝室に繋がっているようで、二つの部屋を合わせてアシュリーの部屋らしい。内心本当に自分の家にアシュリーを招いて良いものか不安がよぎる。まぁ貴族と平民の部屋を比べること自体が間違っているかもしれないが。
「この部屋には私達しかいないから畏まらなくて良いわよ。ユリカさんは紅茶で良いかしら?ケーキも好きなのを選んでね。」
ありがたい申し出に甘えることにして、ふかふかのソファに座らせてもらう。
恐らくいいお値段のする茶葉に、食べるのが勿体ない程の飾りつけされたケーキ。ここはいっそアシュリーの友達になれたことに感謝して美味しく頂こう。
給仕の人も下がってしまっているので、アシュリーが紅茶を淹れてくれるという。流石そういった教育を受けているのだろう、蒸らし時間から淹れ方の所作まで完璧でかつ美しい。
紅茶を一口飲むと、身体から力が抜けていく。なんだかんだ緊張していたようだ。
美味しいケーキに舌鼓を打ちつつ、マチルダさんが学校の様子を聞いてくれるので非常に話しやすい。こうしてみると、マチルダさんはやはりアシュリーのお母さんだった。
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