第19話 ガールズデート②

 目当ての買い物を終えた二人は、街のカフェに休憩しに入った。

 大きな交差点にあるここカフェ・ベルフラワーは、一流の食材に一流の店員がそろっており貴族もよくお忍びで訪れるという古くからある名店だ。


 ユリカの目の前にはカプチーノのような特濃ポタリンホイップミルクコーヒーとビスコッティ、アシュリーの前には魔牛ホットミルクと焼き立てのチョコレートチップクッキーが置かれてる。

 一口飲めば鼻を抜ける芳醇なコーヒーの香り。今世にポタリン(タンポポのような魔植物)コーヒーとはいえ、コーヒーがあって本当に良かった。もしなければ全力で知識をフル活用して探していたかもしれない。

 さらに特にこのビスコッティ(カントッチョなどとも呼ばれる)は私の大好物で、美味しいがとにかく硬い。そのままでも食べられないこともないが、私のお気に入りの食べ方はカプチーノに浸して柔らかくする食べ方だ。前世でと・あ・る・某有名チェーンにありハマって食べていたのだが、途中でメニューから消えてしまい酷く落ち込んだ記憶がある。

 今世でも食べられることに喜び勢いで頼んだのは良いものの、お上品なアシュリーの前で飲み物に食べ物を浸すような食べ方をするか葛藤中である。



 「ねぇユリカ、この後はどうするの?」


 「私はその…ちょっと欲しいものがあるにはあるんだけど、そもそもお店知らないからまずお店を探すところからだし、どうしようかな。アシュリーは?」



 実はユリカは今日、他の目的もあって街に来たかった。ただアシュリーも一緒に行くと決まってからは、貴族の令嬢を連れ回すわけにはいかないだろうと思っていた。また今度にしても良いかもしれない。



 「欲しい物って?聞いても良いものかしら?」



 欲しいものがあると言えば聞かれるに決まっている。欲しいのは…そう、ブラジャーなのだが、アシュリーに言っても良いものだろうか。いや逆に悪いことではないのに隠す方が彼女との間に壁を作ってしまうようで良くないか、と思い至る。とはいえ女性同士だとしてもここは外だし、少し恥ずかしい。せめて小声で言うことにする。



 「えっと…その恥ずかしいんだけど、ブラジャーが欲しくて。」


 「ブラジャー?初めて聞くわ、どんなもの?」


 「あ、えっと胸当て?みたいな、下着なんだけど…。」



 私達の年頃だとブラジャーは成長の早い子がつけてるかどうかというところ。アシュリーは…うん、とっても細くて小柄で胸も可愛いサイズのようだし、まだご縁が無いのかもしれない。ブラジャーを知らないのも仕方がない。



 「うーん、コルセットではなくて?そんなものがあるのね、お母様に聞いてみようかしら。」


 「ぜひ聞いて欲しいわ。そしたら、具体的にどんなものか教えるわね。」



 この世界にブラジャー自体存在しない可能性も考え、細部まで情報を共有しておいた方が良いだろう。

 たしかに思い返してみれば、実家で洗濯物を干す手伝いをしていた時も母のブラジャーは見たことが無い気がしてきた。自分にまだ必要がなかった頃の話だから意識していなかっただけかもしれないが。


 最終的にちょっとした最近の悩み相談になり何故か盛り上がってしまったあと、アシュリーが私のアルバイト先を見てみたいと言うので一緒に向かうことになった。今日は息子さんがお店を手伝いに来るから私は休みになったけれど…ゾレナさんはいるだろうか。







 「こんにちは~、ゾレナさんいますか?ユリカです。」


 「あら、いらっしゃい。」


 仕事ではないのにも関わらずお店に来るのは、なぜだが緊張してしまう。ゾレナさんの聞き取れる音量は働きながら覚えてきたから、すぐに私の声に気付いてくれたようだ。

 どうやら息子さんは素材を集めに行っているらしく、いまはお店にはいないらしい。



 「初めまして。私、アシュレイ・リリアナ・シャインバルタと申します。いつもユリカさんには仲良くしてもらっています。」


 「あら、これまた可愛らしいシャインバルタ家の御嬢さんね。私はゾレナ・クローウェルよ。」


 「突然押しかけてしまい申し訳ありませんわ。どうしても、ユリカが働いているというお店を見てみたくって…でも、なんだか懐かしい気がするのはなぜかしら。」



 ゾレナさんは今世の私にとってのおばあちゃん的存在だから、親友を紹介できるのは嬉しく感じる。

 アシュリーは興味深そうに店内を見回す。目を輝かせている姿は本当に可愛い。今日はアシュリーの様々な一面がみられて良かったと改めて思う。



 「そうかい?まぁあなたの出産に立ち会ったのは私だからねぇ、あなたの母親は身体が弱かったわ。」


 「そうなんですか!それはとてもお世話になっているのですね、知らなかったなんて恥ずかしいわ。今度お母様に聞いてみることにします。今更ですが、立ち会ってくださりありがとうございました。」



 意外な事実が発覚する。ゾレナさんは腕利きの薬師だけど、貴族の家で出産に立ち会うようなこともしてたみたいだ。学校の先生達も知っていたし、思っていたより凄く顔が広そうである。

 せっかく来たのだから、とゾレナさんがお茶を飲もうと提案してくれたので茶器を用意する。さっきはコーヒーを飲んだからちょうどお茶を飲みたいと思っていたところだから嬉しい。

 ゾレナさんが指をスッと動かし、魔法で薬草棚から茶葉を取り出す、すると私が持っていたティーポットの中に丁度良い量の茶葉と、どこからともなく現れた薬缶が沸いたお湯を注いでいく。



 「まぁ!私はまだ基本の生活魔法しかできませんから、うらやましいですわ。」


 「これくらいできて当然だわ。」


 「こらエクトス、態度が悪いわよ。いきなりごめんなさいね、でもそうね、今日できるようになって帰りましょうか。」



 突然異空間からゾレナさんの使い魔で栗鼠のエクトスが出てきて突っかかってきた。ただそのおかげか、些細なことからゾレナさんの浮遊魔法講座へ移り変わる。

 子供のころに基本の生活魔法を覚えるが、基本的に成人(16歳)するまで危険性のある炎・雷・浮遊・氷は習うことはない。使ってはいけない決まりがある訳ではないが、実際使わなくても生活できるのでそもそも覚える機会もないまま大人になる人が多いのだという。

 ゾレナさんに呪文を教えてもらい、手を通して浮遊魔法を使うときの魔力のイメージを直接流してもらう。



 「他と同じで、これくらいなら慣れれば呪文を唱えなくても使えるようになるよ。いくわね、目を閉じて繰り返して。『我の願いに応えよ…』」



 すると、机に置いてあったペンが少しだけ浮いた。2人は喜ぶのも束の間、のめり込む様に残りの時間をゾレナさんから学ぶことに使った。


 こんな思いがけない収穫をすることとなるとは驚きだった。帰りの馬車では、あるもの片っ端から浮遊させ、練習という名でたくさん試していく。

 そんなやり過ぎな二人は、次の日にはあっという間に片手で持てるサイズのものならば呪文を唱えなくても使えるようになっていたのだった。

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