第17話 マナーとお茶会

 キリアンから手紙を受け取ってからというものの、ユリカはずっとモヤモヤしていた。

 意味もなく机の上に広げた手紙をぼーっと眺める。早く返信を書こうにも、内容が全く思い浮かばないのだ。



 はぁ…、と溜め息を零しつつも、とりあえず書き出さなければと机の引き出しを開けてみる。中には少し質の悪い紙でできた何の装飾もない封筒に、同じくシンプルな便箋、括るための麻紐、数色のシーリングワックス、そして家を出る時に母から半ば押し付けられるように持たされた印章が入っていた。


 思わず貰った手紙と見比べて、無言でそっと引き出しを閉じる。

 そもそも送ろうとしている相手はあくまで貴族なのだ、身分の高い方へ送れるような書き方のマナーもお洒落な便箋も持ち合わせてすらいなかった。



 「まずは便箋を買いに行って…久々に実家にも手紙出そうかしら。」



 考えてみれば入学したての頃はよく家族へ手紙を送っていたが、最近送った記憶がない。

 それもアルバイトを始めてすぐの頃、弟も居るので少しでも仕送りをしようと毎月お金を送っていたら、母に将来のために貯金しろと怒られ不貞腐れたのがきっかけだった気がする。

 とはいえ昨年度の成績が良かったため一度払った学費が一部免除となり、最近その分が返金されたのだ。今回手紙を書くついでに、何か適当な理由を考えて送り付けてみようと思う。


 ちなみにいつも学年1位で全額学費免除なのは、言わずもがなウィリアム殿下だ。彼は王族らしくしっかりとした佇まいをする面と、フレンドリーで人に好かれフワフワした雰囲気を持ちつつ問題を起こす事なく何でも卒なくこなしてしまうスーパー人間。私のような平民にも分け隔てなく接してくださる様子からも、この国の未来は安泰だと言えよう。そして彼を除く上位7名は学費が一部免除となり、2位はずっとアレン。私はアシュリーと共に3〜5位をフラフラしていた。



 普段お金を使うことがないので、封筒と便箋を新たに買いに行くのは良い。

 問題は貴族に対して手紙を書く時のマナーだ。平民であるにも関わらず最低限のテーブルマナーや身のこなしは母に叩き込まれたが、流石に手紙でのルールまでは知らない。

 誰かに相談したいが、寮母さんに盛大に勘違いされたことを思い出す。身分もそうだが(実際のところ彼の年齢は知らないが)恐らく年齢も違う恋に悩んでいるなんて思われ揶揄われそうで、クラスメイトやサークルの先輩には話しづらい。

 普通に考えて、自分は学生でここは学校なのだから先生に聞きに行くことにする。顧問のヘイドレア先生よりは…マナーに厳しそうなのは担任のグレゴール先生だろうか。





 翌日、休み時間になると真っ先に職員室を目指す。教室で話すのは少しリスキーなので、こうするしかない。

 部屋の入り口で事務の方にグレゴール先生を呼んでもらい、呪い等に関する内容は伏せつつも軽く事情を説明すると快く教えてくれた。


 色々教わった結果、やはり結構面倒なルールがあることが判明した。正直、前世でいうビジネスメール程度だろうと少したかを括っていた私は、最初にマナーを確認しに来た自分を物凄く褒めたくなった。

 まずそれぞれの身分の上下関係から性別、既婚か未婚などにより、文章の型はもちろん選ぶ封筒までもが変わってくるらしい。封筒は男性は寒色系で女性は暖色系、未婚なら淡い色、既婚なら深い色。どんな時でも男性から女性へ送る時に必ず美辞麗句を述べ、女性から男性へ送る時は既婚の場合は同じくお世辞を、未婚の場合は自身の潔癖を述べるだけにして相手を褒めてはいけないそうだ。

 結局他にもたくさんあり昼休みだけでは終わらず、グレゴール先生は優しく放課後も少し残って教えてくれたのだった。





 職員室を後にし、今日はサークルの日なので遅れてサークルに参加する。アシュリー達は先にお茶会をしていたようだった。

 今年は他のサークル同様、きちんと新入生を積極的に勧誘した。そしてアシュリー効果なのか男の子がたくさん入ってきたのだ。少し廃部しかねない状態だったので、彼らがすぐ辞めないでくれればとりあえずこれで一安心だ。



 「遅くなってごめんなさい。」


 「ユリカ!遅かったのね。またグレゴール先生に捕まってたの?おつかれさま。今日はレモングラスでお茶を淹れてみたの、ハーブクッキーもあるわ!」



 どうやら職員室で相談していたことは、グレゴール先生が私に用事があって呼び付けていると捉えられているらしい。本当は逆なのだが内容の説明もできないので訂正しないでおこうと思う。

 アシュリーに近くの席に促され座ると、恐らくアシュリーのことが好きな新入生がハーブティーを淹れてくれる。淹れてる間もチラチラとアシュリーを盗み見ているのが丸見えだ。



 「っ美味しい!すっきりとしていて良い香り。まだ少し暑いし冷やして飲みたいわね。」



 鼻から抜けるすっきりとした香りは、モヤモヤした気持ちを一掃してくれるようだった。それでいてレモングラス特有のまろやかな味は、優しく自分を包み込んでくれているようだ。

 前世ではレモングラスティーはアイスティーにするのが好きだったので思わず言ったが、直ぐ様ハーブティー好きのメンバーが好反応を示した。



 「冷たいお茶なんて名案だわ!さっそく今度作りましょう!」


 「さすがユリカね!それでね、今みんなで各自の週末の過ごし方について話していたんだけど、ユリカは外出してることが多いわよね!」


 「そう…ね。だいたいアルバイトかな。あ、でも今週末は文房具屋に行こうと思ってるわ。」



 アシュリーはアルバイトをしていないので、週末は寮に居るか友達と遊びに行ったり、たまに実家から迎えが来て帰っていることもある。

 たしかにアルバイトの話はしたことがないので、私が何して過ごしているのか知らないだろう。



 「まぁ!それ、私もご一緒してもいいかしら?」


 「えぇもちろん!アシュリーとお買い物楽しみだわ、ふふ。」



 急遽週末アシュリーとの街中お買い物デートが決まった。

 サークルという名のお茶会が終わったあと、2人で揃って寮母さんのところで週末の外出申請をしてから部屋に戻る。

 モヤモヤしてたのはどこへやら。すっかり忘れたのか、マナーを学んだからか、それともレモングラス効果か…はたまたアシュリーとのお買い物効果か。むしろ手紙を書くのが少し楽しみになり、その日は何も夢を見ずにぐっすり眠れたユリカであった。

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