第16話 夢とブラジャー ※R15
──もっと、抱きしめて欲しい。
いつもの場所で、あの日と同じ会話と体勢。
どこか違うのは相手の顔に靄がかかっているように曖昧で、お互い今より少し成長しているような、なんだかはっきりとしないところ。
いや、好きな人の顔はなぜかちゃんと思い出せないことが多いから、違うようで違くないのかもしれない。
突然その状況に置かれた私は既視感を覚えつつも勇気を出して、伝えることができるのなら伝えてみたいと思っていたセリフを口にする。
『ねぇ。私、貴方が好き。』
『本当か?……俺も。俺も好きだよ。』
どきん、と脈打つ。心のどこかでずっと望んでいた返答に、胸が躍る。
お互い頭を撫でていた腕を下ろし、背中へとまわして強く抱きしめ合う。
この上なく幸せだった。
想いが通じて、恋が叶って。
彼の体温が身体全体で感じられて、ほぅっ、と息を吐く。
背中を支えてくれていた左手が肩に、右手が私の左頬にそっと触れる。
ただでさえ近いのに、この距離ですら惜しいと感じてしまう。だんだんと顔の距離も近づいてくるのが分かって、あまりの恥ずかしさに思わず少し俯く。
おでことおでこがコツン、とぶつかった。
『キス、してもいいか?』
私の心臓は更に大きく跳ねる。
これ以上は心臓が持たないと思った。
それでももっと彼を感じたくて、おでこを合わせたまま軽く縦に首を振る。
了承の意を受け取った彼は、ゆっくりと顔を近づけてきて私にそっと口付ける。
ちゅっ、と静かな狭い部屋にリップ音が響いた。
初めての好きな人とのキスは、あまりの緊張からか、いまいち感触が分からなかった。
もっとしたい、と思って目線だけ向けると、彼は息を呑んでから私を支える手にグッと力を入れる。
今度はさっきよりもしっかりと、ゆっくりと堪能するように口付けされる。互いが互いを欲しがり、何度も、長く、鼻が当たって多少潰れても気にする余裕はなかった。
どこで息継ぎをしたらいいかも分からなくて、少しでも唇を塞ぐものが無くなると思わず、ふっ、はぁっ、と息が零れる。
堪らなく感じ、私も背中に回していた左手を彼の首に、右手を彼の左頬へ移動し、目の前の唇に喰らい付く。
しばらくしてお互いそっと離れ、一旦呼吸を整える。
『ユリカ。その、もっと触れても、良いだろうか。』
『…うん…。』
呼ばれた自分の名前は甘く響いて、言われた言葉はとても恥ずかしくて。でも嬉しかった。
返事をし、自らも強請るように再び距離を詰める。
私の返答に対して彼の口元はにんまりと弧を描き、次の瞬間には唇が塞がれていた。
熱烈な口付けに息が出来ない苦しさすら堪能していると、右肩に触れていた彼の左手が背中に戻り、そのまま通り過ぎて腰へと回り、そこからなぞる様に上へとあがってきて私の胸に触れた。
思わず、んぁっ、と声が漏れる。
まさに脳みそが痺れるような感覚だった。身体があつい。
幸せすぎて、息のできない苦しさと。胸が押さえつけられるような、思っていたより強い力で潰された私の胸は苦しく、そのまま事に及ぼうとして────私は目を覚ました。
気が付くと、布団にぐるぐるに包まった状態でうつ伏せで寝ていた。
顔も完全に枕に埋まっており、なんとか踠がいて布団から脱出した私はもの凄く落胆した。
キスだと思っていたのは唇ではなく枕。火照るほど温かく抱きしめられていたのはぐるぐる巻きの布団。幸せすぎて、触られて胸が苦しかったのはうつ伏せのせいだった。
──信じらんない。私って…とんだスケベだわ。
仮に自分が男だったのなら夢精ものに違いない。寝ているのはカーテンと机や小物でひとりの区画ずつ仕切られているものの、同じ部屋にアシュリーとサリィ先輩、ミント先輩が眠っているのだ。自分が女であったことに感謝しつつも、寝言は大丈夫だっただろうかと恥ずかしさに苛まれた。
とにかく心を落ち着けようと、皆の様子を確認するためにもお手洗いへと向かうことにした。
そっとベットから出てみると、どうやら他の3人は寝息をたてていて起きている様子はなさそうだ。
言葉にならない気持ちを胸に、手近にあった膝掛けを羽織って周りを起こさないように部屋を出る。
廊下を進み、お手洗いで鏡に写った自分の顔を見てみると、頬がほんのりと赤みがかっていた。
こんな夢を見てしまったのは、もしかしなくても最近散々思い返してしまっていた久々の──今世ではもちろん初めてだが──異性とのスキンシップのせいだろうか。
「わたしの…馬鹿。」
独り言は虚しく夜の闇に消えていく。
それにしても元々寝相は悪い方だったが、以前はうつ伏せで寝ていても特に寝苦しく感じた事はなかった。
そっと自分で自分の胸を触ってみる。そこには恐らく10歳頃から少しずつ膨らみ始めていたが、今はそれなりに柔らかく、手に収まるようなサイズとはいえ確実に成長している乳房があった。
ふと、そういえば今世では見たことがなかったが、そろそろちゃんとしたブラジャーを着けなければと夜中にひとり思ったのだった。
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