第15話 高級な手紙

 無事に進級も終わり、ユリカは久々に何も予定のない穏やかな時間を得た。ただ、嬉しい反面どこで何をして過ごすかを非常に迷っていた。


 アシュリーも先輩方も居ない寮の部屋は独りで過ごすには少し広く、寂しさを感じる。前世ではゲームが趣味だったが、今世のユリカにはこれといった趣味もない。

 机に向かって勉強しようとも魔法や歴史以外に関しては前世での教養で賄えてしまっているし、アシュリーと毎日課題と予習復習を小まめにやっているので特にやるものがないのだ。

 何か趣味でも見つけようかと、ぼーっと窓の外を見つめる。



 ──男の人の手、だったな…。



 ふと頭に浮かぶのは優しく触れつつしっかりとした力加減と、普段から鍛錬してるであろう剣だこのある厚めの皮膚の感触。自分の髪の間をするりと抜ける長い指は最初こそぎこちなかったものの、段々と私の髪を楽しそうに梳いていたように思う。



 ──って、ダメだーっ!意識しないって決めたじゃない!



 過ごし方を悩んでいたのは、何か意識を他に向けていないと、つい先日のアレンとの謎のハグと頭の撫で合いを思い出してしまうからだった。

 彼の腕の中は正直苦しかった。心臓が言うことを聞かないのだ。何度思い出しても顔が熱くなる。

 私の気持ちは気付かれてしまっただろうか。もしバレたら折角の今の関係が崩れてしまうに違いない。気付いて欲しくないが、気付いて欲しい。気持ちが矛盾する。


 そんなこんなで、一番時間を潰せそうな王都図書館で呪いについての調べ物をしようとも、アレンに関することなので余計に手につかず進みそうになかったのだ。

 とにかくユリカは邪念を振り払うために、誰かいないかと食堂へ足を運ぶことにした。



 食堂は食事時以外は共有スペースとして開放されている。常時お喋りしたり、友人らで集まり課題をこなすのに使われていて賑やかだ。もちろん試験前になると、普段は勉強していない生徒までもが一斉に勉強し始め、書く音ばかりが響く恒例の風景となる。


 ユリカが食堂を見渡すとクラスメイトや薬草研究会の先輩もちらほら見かけたが、見知らぬ人と一緒にいるので話しかける勇気が出ない。

 仕方がないので中庭の方にでも向かおうと振り返った、その時だった。



 「ウィンスレットさん、今良いかしら。」


 「っ!ゼローナさん、こんにちは。」



 突然目の前に現れ声をかけられて、びくりと肩を揺らす。顔を上げ見てみると、声の主は寮母のゼローナさんだった。



 「驚かせちゃったかしら、ごめんなさいね。」


 「いえ、こちらこそすみませんでした。何かご用でしょうか?」



 寮母さんの手には金の装飾のついた若草色の綺麗な封筒が握られていた。

 普段手紙などは玄関口にある各個人のポストに入れられるのだが、直接渡しに来るということは何か急ぎの手紙なのだろうかと身構える。



 「いやね、さっき素敵な男性が来たのよ。貴方がここの寮にいるって聞いたから、連絡を取りたくて直接来たんですって!すぐ帰ってしまったけれど…ちょうど貴方が歩いてるのが見えたからそのまま渡しに来ちゃったわ。もう、罪作りな子ね〜フフっ。」


 「はい?」



 ゼローナさんの声は意外と大きく、周りにいた何人かが様子を伺うようにこちらに耳を傾けているのが分かった。なんだか恥ずかしいからやめてほしい。

 しかし、こんな高級そうな封筒で手紙をくれる知り合いなんていただろうか。


 終始ニヤニヤしているゼローナさんから手紙を受け取り、おずおずと裏返して差出人を確認する。


 『from キリアン・ラステリック』


 一瞬見覚えのない美しい筆跡と名前に首を傾げるが、頭の中で読み上げることですぐに思い出す。卒業式の日に王都図書館で会った貴族の名前だった。


 たしかに思い返してみれば、連絡を取るような話をしていたかもしれない。

 とりあえず手紙を届けに来てくれたことに対しお礼を言い、部屋に戻るのも微妙なので先程向かおうとしていた中庭で内容を読むことにした。



 中庭にあった頃合のベンチに座り、軽く細く風魔法を使い封を開ける。

 便箋にも封筒と同じ色に金の装飾が施されていて美しい。

 中身は貴族特有の歯の浮くようなお世辞から始まり、今後手紙のやり取りをしないかということと、物語に出てくる"姫の末裔"と"真実の愛"について書かれていた。


 何でも、呪いの解除には"姫の末裔の力"が関与する説と、"真実の愛"と"接触"が必要という二つの説が濃厚だという。

 どちらもファンタジー過ぎて信じたくはないが、ここはファンタジーな世界なのだ。

 続きには、当時の姫についてびっしり書かれていた。どこの家出身の者で、その後どうなったのかなど。結局古過ぎて掴めないとのことだが、むしろ末裔がたくさんいる可能性もあるからワクワクするよね、と茶目っ気たっぷりだった。


 そして最後に"真実の愛、試してみたいと思わないか?"と、意味深過ぎる文章で締め括られていた。



 ──試す?どういうこと?



 試せる状況が揃う、つまりアレンが呪いに苦しんでいることを知っているか若しくは他にも呪いを持つ者がいる…ということではないだろうか。

 たしかに、私なんかが調べただけで気付けるのだから、貴族かつ学者であるキリアンはもっと知っていても可笑しくはないかもしれない。


 それを試してみたい、ということは──。


 アレン若しくは他の呪いを受けた誰かに、真実の愛をさせるために協力してあげて欲しいということだろうか。良くない不安ばかりが募っていく。

 ユリカは一旦考えるのをやめ、そっと手紙を懐にしまった。

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