第14話 幸せホルモン
夏休みが終わり、新学年へと進級した。
とは言ってもホームルームのメンバーは持ち上がりなので変わり映えはしないのだが。
「ご機嫌よう殿下、夏休みは満喫されましたか?ぜひ次の休暇は我が家の別荘へ遊びに来てくださいませ!」
「やぁサマンサ嬢、また一段と美人になったんじゃないかい?そうだね、君のところは葡萄が美味しいと聞く。今度機会があればぜひ招待に預かりたいな。」
「お久しぶりです、アレン様!アレン様はどのようにして休暇を過ごされるのですか?きっと素敵な庭園で読書などをなさるのだわ。」
「いやいや!きっと休暇でも鍛錬なさって、家業を継ぐためのお勉強をなさっているんだわ!ですよね、アレン様?」
「おはよう。いや…そんな大したことはしてないよ。」
「「アレン様ったらクールで素敵‼︎」」
休み明けだというのに朝から皆元気だ。
相変わらず私とアシュリーの席は埋まっている。
正直、毎回ああして複数の女子で囲うことに意味があるのだろうかと思ってしまう。ただ友人として話してるだけなら目をギラつかせるのをやめた方が良いし、意中の人の目の前で女のバトルを見せることによってむしろ好感度下がる。
そして、よくそんなバトルを繰り広げておいて普段は仲良しメンバーとして一緒に居られるなぁと思う。…もしかして、誰かが抜け駆けしないためのファンクラブ的なものだろうか。そうだったら迷惑極まりない。
私達は近場で話しながら待機し、チャイムが鳴ると蜘蛛の子が散った様に席に戻る令嬢達を横目にやっと空いた自分の席に着く。
「おはよう。朝から人気者ね、」
「おはよう。迷惑かけてすまない。」
迷惑って分かってたのか、と内心突っ込みたくなったがそっと心にしまっておく。
引き攣った顔で笑っていると、アレンが隣りから少し身を寄せて小声で話しかけてくる。
「その、また…お願いしてもいいだろうか。」
──例のア・レ・のことかな?そうだ、今日色々調べたことを聞いてみようかしら。
「えぇ。じゃあいつものところで。」
了承の意を伝えると、彼はホッとしたような顔をして佇まいを直す。
なんだか彼の様子がいつもと違う気がする。
少し違和感を感じつつも、授業を受けていった。
*
放課後になり、いつものように人気のない給湯室へ向かう。
着いてみると、既にアレンが待っていた。
「ごめんね、待たせた?」
「いや、そんな待ってない。むしろ毎度付き合わせて申し訳ない。」
謝りつつも何だか物欲しそうな顔で話す彼は、よく見ると少し震えていた。
まだ残暑も続いているのに寒いのだろうか。
ユリカはサッと隣に座り、彼の首に触れる。触れてみると、大分冷えていた。
「なんだか体温低くない?」
「え、あぁ…言われてみればそうなのかもしれないな。」
ふと、最初にこうなった時の真逆なのが可笑しくてフフッと声を出してしまった。
アレンは私が何に笑っているのか分からないと書いてあるような顔をしてこちらを見る。
「あっ、ごめんなさい。つい、初めてこうなった時のことを思い出して。貴方は熱に魘されていて、私は緊張して汗で冷えていて。あの時と真逆だな、と思ったの。」
「そうだな。とてもあたたかい…。」
フッ、と目を細めて見つめてくるアレンにドキドキする。
彼には誰だか知らないが想い人がいるって分かってるのだから、意識しないよう自分に言い聞かせる。もう惨めな片想いはしない、と。
ぼーっと考え事をしていると、アレンは徐に腕を広げた。
「ユリカ、ここ寒いからもう少し近づいてくれないか?」
──いや近づくって!もうそれハグなんですけど‼︎
私は彼の腕の中に収まりつつ首に手を触れている謎の体勢なっていた。
正直、もちろん彼は知らないだろうが、恋を諦めようとしている人間には酷なことだ。
それだけ呪いの症状が辛いんだろうな…と心の中で納得して、どうにか自分の鼓動を抑えようとする。
ふと、首を触っていない左手が宙に浮いて行き場を失っていることに気付いて、何となくいつもお母さんが抱きしめながら頭を撫でてくれていたことを思い出し、彼の頭へと手を出していた。
「…頭を撫でられるというのは、子供の頃以来だ。」
「はっ‼︎私ったら勝手に…ごめんなさい。」
パッとアレンに腕を取られ、彼の頭の上へと手を戻される。
もっと撫でろってことなのだろうか。
「いや、良いものだね。もはや感覚を忘れていたくらいだ。なんだか、気分まで落ち着く。」
「そう?なら良かった。頭を優しく撫でられるとね、幸せに感じるホルモンが出てくるのよ。」
「ホルモン?」
──しまった。この世界にはオキシトシンやセロトニンの概念がないことを失念してたわ。
「あ、えぇっとね、と、とにかく!撫でられると幸せに感じるように人間の身体が作られてるの!」
「…そうか。」
するとアレンは心得たように私の頭も撫で始める。
なんだかよく分からない構図になり、呪いについて色々聞くはずだったことも忘れて、ユリカはもう考えることを止めたのだった。
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