第13話 図書館とアフタヌーンティー
「突然話しかけてすまない。わたしはキリアン・ラステリックという。美しい女性が何度も同じ本棚を行ったり来たりしていたから気になってね。座っても?」
──え、本気で誰?
キリアンと名乗る男は流れるような動作でユリカの目の前に座る。つい不信感を顔に思いっきり出してしまったが、あることに気付く。その洗練された動きや身なりからして、もしかしなくても貴族のようだ。たしかお貴族様には女性と話すときは、まず最初に容姿などを褒めるのがマナーだとアレンが言っていた気がする。
だだ、私がいる席は庶民が使う無料スペースだ。貴族ともなればそもそも屋敷に本を取り寄せるか、従僕に持ってこさせて有料スペースから出てくることはまずない。見る限りだが彼が独りということは、お忍びで来ているということだろうか。
それに普段学校内で貴族と接することはあるが、あくまで身分に関係なく等しく学生という校則の守りのなか友人としての交流である。街中で知り合いでもない貴族と話すなどはじめてだ。ユリカは母親に教わった最低限のマナーを必死に思い出す。
「も、申し訳ありません、無礼をお許しください。私はマナーもわからないしがない学生です。なにか粗相をしてしまったのでしょうか。」
「とんでもない。それに、そんなに畏まらなくて大丈夫だよ。見ての通り連れもいないし僕は末っ子でね。一応学者の端くれをしているんだけど、このままいけばそのうち市井に下る身なんだ。」
畏まるなといわれても庶民と貴族である。それに末っ子で学者になれるなんて、それなりに高位な貴族なのではないだろうか。
「実は僕もこの物語について調べたことがあって、もしかしたら同志かもしれないと思ってしまってたんだ。この話はものすごく世間に浸透しているけれども、本によって少しずつ内容も変わっていて奥が深いよね。」
「えぇ、絵本は風刺から生まれることも多いですから。これだけ多く伝わっていることからも、人気なのも教育につながるのもありますが、何か後世に残そうとしているような気がします。」
「分かる。後世に伝えたい何かがあるんだろうね、この物語に出てくる"呪い"だって、嘘か本当かわからないしね。」
思わず"呪い"の言葉にピクリと反応してしまう。キリアンは、私のこの反応に目を輝かせたようだった。少し前のめりな体勢に変わった。長い髪が肩から滑り落ちた。
「もしかして、君は呪いを信じるかい?!」
思ったよりも大きなキリアンの声に、思わず周りを気にする。
私の周りを見渡す目線に気付いた彼も、しまったという顔をして椅子にきちんと座りなおす。
「すまない。その、もし時間があるならばお茶でも飲みながら話さないか?もう少し君と話をしてみたい。」
「え、えぇ。そうですね。」
──まさかここで呪いの話が出るなんて。でも学者だって言うし、何か情報をつかめるかもしれない…。
話によると、ここに一般庶民には知られていない個室で飲食のできるスペースもあるらしい。
一瞬男女二人きりになってしまうことの心配もしたが、ここは王都図書館なので何かあれば警備隊に助けを求めることもできるだろう。
しばらくすると部屋が取れたというキリアンに連れられ、普段入ることのない貴族ゾーンへ足を踏み入れる。部屋に入ると、既にテーブルの上にティースタンドにスコーンやミニケーキが並べられていた。
さすが貴族の有料スペースである。椅子やテーブルがしっかりしているのはもちろん、お菓子はどれも宝石のように輝いていて物凄く美味しそうだ。
「飲み物は何にする?僕のわがままに付き合ってもらうんだ、好きなだけどうぞ。マナーも誰も見てないから気にしないで。」
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせていただきます。」
思わず、時間に縛られたくなかったのであらかじめ寮に夕食も不要と申請しておいて良かったと考えてしまった。
キリアンは手慣れたようにテーブルの上のベルを鳴らして係の者を呼ぶと、注文をしてくれた。本来なら従僕がやることなのだろうが、何度も独りで来ていることをうかがわせる。
「それで、さっきは失礼した。図書館の共有スペースで話をすること自体、周りに迷惑をかけていたかな。えっと君は…良ければ名前を聞いても?何冊か読んでいたようだけど、何か感じたことはあるかい?」
「申し遅れました、私はユリカ・ウィンスレットと申します。そうですね…。」
ユリカはアレンの呪いについては触れないように、慎重に考察していたことを話してみた。
「なるほど、思った通りだ。実際、姫様の力に関する資料がいくつも残っていてね。とはいえ、今その力を使える人はいないかもしれないんだけど。呪いについてはほとんど資料が無いんだけどね。」
「姫様の力に関する資料はそんなに残っているんですか?」
「資料見ずにその考察までいったのかい?」
むしろ呪い自体よりも、治癒に関する情報を欲していたので万々歳だ。直後キリアンの「貴女の髪は素敵なキャラメル色なんだね。」と言う呟きはユリカには届かず、私は1歩アレンの痛みを和らげる方向に近づけたと喜んでいた。目を細めて見つめられていたことに気付かずに。
その後も、キリアンからの情報により考察大会は盛り上がり、解散は陽が落ちた頃になった。
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