第12話 コサージュとアプローチ

 夏休みの中、私は学校の講堂に来ていた。

 今日は卒業式である。


 特に卒業式に在校生の参加義務はないが、お世話になった先輩方を送りに来る後輩達は少なくない。

 1年生の私は短い期間だけなので薬草研究会で関わりがある先輩と少し話をしてすぐに退散するつもりだ。



 「先輩、卒業おめでとうございます!ジークハルト先輩は…ボタンどころかネクタイに髪留めのリボンまで取られたんですか?」


 「あらあら貴女達も来てくれたの?すごく嬉しいわ!ありがとう!」


 「ありがとう、君達は何が欲しい?って言ってもあと何があげられるのかな…そうだっ!特別に熱い抱擁を交わそうじゃないか!ほら!」


 「気持ち悪い事言いながら近寄らないでください、お兄様。」



 今日もシスコンはぶれず、ジークハルトはアシュリーに拒否られていた。そんな彼だが、制服の至る所がもぎ取られ白く少し鍛えられた細身の身体が見え隠れし色気が高まっていた。いつも付けていた銀縁の大きなメガネも取られたようで、妖精美少年の素顔が全面に出ていた。これは令嬢達のハートを鷲掴みしたことだろう。もちろん中身を知っている私達には効かないのだが。


 先輩方は、この後卒業祝賀パーティーに参加するのだという。

 この学校では、この最後の祝賀パーティーで意中の相手にアプローチをすると成功するという都市伝説がある。ちなみに婚約者がいる場合は基本的には婚約者と同伴するため、+αが発生する。



 「あぁそうだ、これだけはちゃんと死守したんだよ?服は後でタキシードにちゃんと着替えてくるから心配しないでね。」



 少し小さめにそう言い、ジークハルトはリオーネ先輩に銀色の糸で作られた薔薇のコサージュをコソッと差し出した。

 リオーネはそれを受け取ると自分の左胸に付け、ジークハルトへ淡い紫色の糸で作られた薔薇のコサージュを渡す。



 「あらあらまぁまぁ、これを私に渡してしまって良いの?なんて…もう返さないけど。その、よろしくお願いしますわ。」


 「むしろ受け取ってもらえて光栄だよ。僕は誰より君が良いんだ。よろしくね、リオーネ。」



 特に状況説明は受けていないが、雰囲気で察した。

 恐らくコサージュには自分の身体の一部(髪や瞳)の色の糸をメインに使う決まりがあり、それを相手に渡すことは即ちアプローチを意味する。そしてそれを受け取り胸に着けると、お互いがパートナーである証となるのだろう。

 ジークハルトは髪の毛のシルバー、リオーネは瞳の淡いラベンダー。



 ──ムードには欠けるけどロマンチック、ね。正直素敵な先輩同士だし納得。…ただ相手がいないと悲惨だわ。



 少し恥ずかしそうにする先輩達を祝福しながら、また集まることを約束して見送る。

 先輩方の存在に未来の自分を重ねることはできず、ただただ6年という歳月をより大きく感じる日となった。




 *




 『わたし、これ大好き!もういっかい!』



 小さい頃、何度も何度も母親に願って読んでもらった。大好きな絵本。


 今世に大量印刷するような機械はなく、1冊を手作りしたのち複製コピー魔法をかけることによって世の中に出回っている。そのため本は少しばかり高価な品である。


 しかしながらここ王都図書館は近隣他国と比べても最大級の蔵書数を誇り、且つ読書スペースは有料スペース無料スペースにより何となく平民と貴族・高所得者で分かれてるものの身分に関係なく読むことができるのだ。


 卒業式の先輩方を見送ったあと、私はひとり図書館に来て絵本の原作を探しに来た。

 絵本は年数を隔ててより分かりやすく、残酷な描写はなくし、よりマイルドなイラストに変わっていくものである。そこで、変えられる前の歴史を知るため図書館であれば原作もしくは原作に近い年代の本があると踏んだのだ。



 本物の原作がどれなのか分からなかったが、何冊かピックアップして読んでみると絵本には描かれていなかった点がいくつも見つかった。

 基本的にどれもドス黒い内容で、絵本のようなハッピーエンドではない。そしてやはり当時を風刺しているような描写をたくさん見つけることができた。


 もしかしたら、原作は何らかの問題で抹消されてしまったのかもしれない。それでも人気があり後世に伝えるため、こうして物語から絵本になり現代まで伝えられてきたとも考えられる。



 「君はこの話が好きなのかい?」



 突然掛けられた声の方向へ反射的に顔を上げると、そこには知らない男性が立っていた。

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