第9話 失恋

 今日の私はクラスのボス的女子マリーとその取り巻きにより、人気のない廊下に呼び出されていた。

 まぁ思い当たる節はあるけど、ね。



 「あなた、隣の席だからって勝手にアレン様と仲良くなった気でいるんじゃないわよっ!名前呼び捨てなんかして…あの方は女性が苦手で、でもわたくしは良いと許可を頂けて、限られた時間だけお側にいられるのにっ。」


 ──いや逆に苦手でも側にいて良いかって聞かれたら悪いだなんて言えないでしょ…



 まさに乙女の醜い嫉妬による八つ当たり。相手にしてもらえないからって私に当たられても困る。

 マリーはここぞとばかりにアレンのカッコいいところや私が隣で羨ましいといった内容を吐き出す。それに取り巻き達は便乗して嫌味を言ってきて、更にマリーをヒートアップさせる悪循環である。



 「えっと、私も許可頂いてるので。では用事があるので私はこれで。」


 「ちょっと!逃げるんじゃないわよ!」



 本当に面倒臭い。

 クラスの女子と揉め事起こしたくなかったのにこの始末。今までの自分の行動を思い返してみるが、基本アシュリーと一緒にいるし、割と上手くクラスメイト達とやってきたつもりだったので完全にアレン・ベネクレクストの名前呼び提案のせい。嬉しかったし、そりゃカッコいい気になっている友人と親しくなれたから少し私もテンションが上がってしまっていたのかもしれない。


 だがもう少し、相手の人気度を考えて行動するべきだった。目障りなライバルに見えてしまう線を考えていなかったのがいけなかった。

 それにこの後そのアレンとの定期的な謎の"アレ"をする約束があるから、早くこの場を穏便に去りたい。



 ──あれこれ考えても仕方ない、これ長くなりそうだしなぁ。多少嫌われるのは誰しもある…それがクラスのボス的存在のマリーっていうのは難点だけど。



 そう腹を括って言い返そうとした時だった。



 「こんなところで、何してるの?」


 「なによ、って!ア、アレン様!!これはその…井戸端会議ですわ!ね、ユリカさん!でも廊下でだなんて邪魔でしたわね、この辺で終わりにしましょうッ。」



 まさかの本人登場に、マリーとその取り巻き達は動揺を隠しきれない。悪いことをしてる自覚があるからなのか、すぐに適当な嘘をついてその場を去ってしまった。



 「待ってもなかなか来ないから、探しに来たら君の声がして。揉めてるのかと思ったんだけど…もしかして邪魔した?」


 「むしろグッドタイミング。捕まってただけだから、ありがとう。じゃあいこっか?」



 正直、1番強い切り札が来て本当に助かった。





 彼女達に一方的に連れ出されたのでどこに連れて来られたのかよく分かっていなかったが、アレンと一緒にいつもの給湯室へ向かうと思ったより近い場所だったらしく、割とすぐに着いた。


 …バタン。


 最初は今にもアレンが倒れそうだったから何も気にせず扉も半開きだったけど、今回はアレンがちゃんと閉める。



 「人通らないから大丈夫だと思うけど一応、ね。…それにしてもすぐに見つかって良かったよ。入れ違いになると困るから動こうにも動けなくて。」



 きちんと閉められると思わずドキドキしてしまう。見られた時の世間体のためってことだろうか。お互いまだ子供だし、深く考えるのはやめにする。

 アレンはチラッと私を見ると、そそくさと部屋の奥へ移動し、前と同じ様に壁際の椅子に座ったので、私も続いて彼のそばに寄る。



 「いや、ありがとう。たしかに割と近かったね。私もどうやって早く切り上げようかとか考えてたところだったの。使い魔でもいたら連絡取りやすいのに。」


 「使い魔!良いよね、先輩方が羨ましい。ところでさっきの井戸端会議、僕の名前が聞こえた様な気がしたんだけど、何か僕のせいで君に迷惑がかかってたりするの…かな、ごめん。」


 ──さっき思いっきり心の中で貴方のせいにしましたごめんなさいー!そんなイケメンに上目遣いされると申し訳なくなる、前言撤回ーー!!



 心の中で罪をなすり付けてしまったので、心の中で全力で謝罪しておく。うん、これで良しとしよう。



 「聞こえ…てたんだね。いや、謝ることじゃないよ。なんて言うか、本当アレンってモテモテだねって感じ!」


 「盗み聞きするつもりは無かったんだ!そうか、すまない。」



 そう言ってアレンはそっと私の手を持ち上げて自分の首に当てる。



 「好きな人からの好意ならいくらでも喜べるんだけど…ね。」


 「え、好きな人いるの?」



 思わず聞いてしまった。女性が苦手と言っていたから意外だった。そりゃそうか、今って恋多き青春のお年頃だもんね。

 するとアレンはじっと私を見つめ、緊張した様子でそっと息を吐く。



 「………いるよ。」


 「そうなんだ、私の知ってる人?」


 「うん、知ってる人。」



 ──はい、失恋。私の淡い恋心よ残念でした…。まぁそうよね、こんな人気者と少し仲良くなれたからって浮かれていた自分が馬鹿でした!しかもこの話しやすい状況、悲しくも今後相談相手にされるパターンか。



 転生後だけど、やっぱり初恋はいつだって実らないものだと言うことを改めて実感する。


 前世で、私はいわゆる相談役だった。

 相談から始まる恋なんてものも聞くけど、私にはまるで夢物語。信頼されてて良いのかもしれないが、仕舞いには『結婚するには良いけど彼女としては物足りない』とまで言われたこともある。

 今世でもまた、恋のキューピッドをやりますか。相手がアシュリーだったらちょっと複雑だなぁ。もう私ってばアシュリーのお父さん気分というか、応援したいし幸せになってもらいたいけど誰にも渡したくない感じ。でもアレンなら任せても大丈夫そうかな、なんて考えたりしちゃって。



 ──早く諦められて良かった、って考えよう。



 「そ、そうなんだ!誰だろ?協力できる相手なら良いんだけど!そういえば、使い魔って召喚者に似たりするのかな?あ、サークルの先輩方に今度見せてもらおうかな。お願いしたら見せてくれるかな?」



 情けない。少々強引に話題を変えてしまった。アレンは一瞬困ったような顔をした様にも見えたが、根掘り葉掘り聞かれないことに安心したのか「そうだね」と言って急な話題転換に付き合ってくれる。


 何だか気まずい空気の中、表面的な世間話をしながらアレンの痛みを和らげ終わると、私は少し逃げる様に給湯室を後にした。

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