第8話 情報収集
「治癒魔法も薬も効かない謎のアザ、ねぇ。」
「効かない、っていうのがどのレベルかにもよるわね。全く効かないのか、それとも多少症状は和らぐけどすぐ元に戻ってしまう…とかかしら。」
今日は薬草研究会の活動日で、ユリカとアシュリーは温室へ来ていた。活動と言ってもハーブクッキー試食会という名の、結局はお茶会である。
「詳しい症状は分からないのですが、全く効いたことがないといった口調でした。一通り図書室で医療に関する本を斜め読みしてみたのですが、致命傷とかでなければ高位でなくても治癒魔法で多少は抑えられるといった内容ばかりで…。」
「アザが痛いという情報だけなのだろうか?それはユリカくんの直接の知り合いの話ではないのかい?実際に見せてもらったり触らせてもらうことは?もう少し話を聞くことは可能だろうかっ?!」
「ちょっとお兄様、前のめりになり過ぎですわ。もっとユリカから離れてください。…もう、こんなに喋る人だったかしら。」
私が話している内容はアレンの首のアザについて。ただ、彼は首のアザについて隠していた様なので、本人のことなどは軽く伏せてサークル顧問や先輩に相談してみたつもりが…思わぬ大物を引き寄せてしまった。
その大物というのも、見た目はまるで妖精。白い肌に長い銀髪を三つ編みして片方の肩へ流し、これまた長い銀のまつ毛にピンクの頬にぷっくりとした唇…そして大きな銀縁の丸メガネ。名前はジークハルト・ローゼム・シャインバルタ。アシュリーの兄であり、この薬草研究会の会長だという。恐るべし、シャインバルタ家の美形遺伝子である。
「アシュリー、そんな虫ケラを見るような目で見ないでよ…僕会長だよ?お兄ちゃんだよ?昔は大好きって言ってくれてたじゃないか…。」
「昔の話はやめてください!それに会長だなんて、今日初めて知りましたよ?そもそも今までサークルに居ましたか?ずっとリオーネ先輩がまとめてくださってたし会長なんていないと思っていましたよ。」
「あらあらまぁまぁ、天下のジークハルト様も妹さんの前では型無しねぇ。ふふ、確かに表立った仕事はしてくれないけど、一応ジーク君が正真正銘会長よ?」
「リオーネ、何だか君まで冷たい目で僕を見てないか…?それにきちんと事務仕事はしてるじゃないか!」
「リオーネさんとジークハルト君の役職入れ替えも検討しようかしら…。それよりウィンスレットさんの話、ちょっとき・な・臭・い・きな臭いわね。あまり色んな所でしない方が良いかもしれないわ。ここ以外で喋ったことはある?」
「せ、先生まで酷い…!それにしてもこのハーブクッキー美味しいね。商品化したら?」
どうやらアシュリー兄はその見た目と優秀さで学年を跨いでの有名人らしい。運動はあまり得意ではないらしいが、それはそれで儚くて良いと女性達にウケがよくファンクラブまであるそうだ。妹や気の許した仲間の前ではこんなで疑いたくなるが、普段は貴公子の様な振舞いで令嬢達の熱が上げているとのこと。
ジークハルトを除き和やかな雰囲気の空気を変えたのは、薬草学の先生でこのサークルの顧問でもあるヘイドレア先生だった。
「すみません、先日から薬屋でアルバイトをしているのですが、実はそこの店主には話してしまいました…。」
「あら、近くの薬屋の店主ってもしかしてゾレナさん?彼女なら大丈夫だわ。他にはもう言わないもらえるかしら。もちろん皆も。ここだけにしてちょうだい。」
「ゾレナさんとお知り合いなんですか?ってまぁそうか、あそこのお店古そうですもんね。」
「知り合いも何も。彼女はこの学校の元薬草学教員で、私の師匠よ。」
なんと。だからゾレナさんは契約する時に何かと寮のルールに詳しかったのか。
──それにしても、きな臭い、か…。
「もしかしてそのアザ、呪いだったりして。」
「ひゃっ?!」
突然耳元で囁かれて心臓が飛び出そうになる。考え事してた私も悪いが、いつの間に後ろに回り込んで来ていたジークハルトに全然気が付かなかった。
「ふふ、可愛〜い反応だね♪ ってイタタッ!痛いよアシュリー!」
「お兄様!一体何を吹き込んだんですか?まったく、ユリカがいくら可愛いからってちょっかい出さないでください!」
──いやいやいやいや!何言ってるの?!アシュリーに可愛いって言われても私が惨めになるだけだからやめてー!しかも呪いなんて物騒なこと言わないで欲しい…。
私の思いとは裏腹に、シャインバルタ兄妹は私の可愛さについて語り合い始めた。
「ジークハルト君。それに皆も。とにかくそれ以上この件に首を突っ込むのはやめなさい。」
「「…分かりました。」」
この日、先生の言葉でこれ以上続けようとする者はいなくなった。
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