第6話 給湯室②
少年は、ふらつく足を突然止めた。
「もう、ここで良い。お願いがあるんだけど、その、僕の首に直接手で触れてもらえないだろうか。……気持ち悪ければ、もちろん強要はしない。」
立ち止まった場所は、給湯室の扉の前だった。
ここには椅子もあるし、水道で持ち歩いているハンカチを濡らせば彼の汗を拭うことくらいはできるかもしれない。これ以上どこか分からない保健室を探すよりも確かに良いとその提案を飲んだ私は、中に入りそっと彼を座らせて壁にもたれかからせる。
「手をそえれば良いの?こう?」
「あ、あぁ。ありがとう。そのまま、しばらくいて欲しい。」
私が躊躇なく触れたことに少し驚いたような顔をしたと思えば、彼は徐ろに私の手を取り首に押し当てるようにして目を閉じる。
普段は襟で隠れていて分からなかったが、初めて触れる彼の素肌はすべすべしていて気持ちよかった。
──近くで見るとまつ毛長いんだな……って、いやいやいや!何この状況?!近っ!きき緊張してきて、手、手汗が…!
首に触れるには、私の短い腕ではどうしたって至近距離になる。まだ成長段階なのに気怠げな様子でさえ、色気を感じてしまうような整った顔。
とりあえず入ったは良いものの今は授業中だし、ここの給湯室は職員室からも少し遠いため誰も来ることはない。シーンと静まり返った狭い部屋で、聞こえるのは落ち着いてきたもののまだ辛そうな少年の荒い息使いと、私の心臓の音だけ。
向こうは何とも思ってないだろうけれど、こっちは好意的に思ってる訳だし、ここまで連れてくる時だって成長期だからか思ってたより身体が大きくしっかりしていて、私の心臓は大きく跳ね続けている。
「ベネクレクスト君、大丈夫?その、恥ずかしいんだけど私、手汗が…」
「アレン。」
「え?」
「家名、言いづらいから。君は席が隣だし、名前で呼んで欲しい。…手汗は、気にならないから気にしなくて良い。」
「そっか。じゃあお言葉に甘えて、アレン…君。」
「うん…。僕もウィンスレットさんをファーストネームで呼んでも?」
「もちろん!あ、知らないかもしれないから一応言っておくと、私はユリカって言います…ふふ。」
「知ってるよ、よろしく。ユリカ。」
勢いで名前で呼び合うことになってしまった。クラスメイト達も名前で呼んでる子もいるし、別に変なことではない。なのに…何だかすごく恥ずかしい。彼に恋する乙女達は様付けしたりしていて、彼を神格化してるところもあるから殺されないと良いけど。
「おかげで、大分落ち着いたよ。ところでユリカは、本当に魔法もまじないも使ってないの?今も?」
「今はただ触っているだけ…だね。そもそも触れるのも初めてな気がするけど。」
「そうか…それもそうだな。でも入学式の時触れてないなら、尚更 魔法かまじないの類いだと思ったんだけどな。」
私は無意識で力を使おうとしていたのだろうか。確かに、前世で"痛いの痛いのとんでけ〜!"って感じの子供を泣き止ませるためのまじない的な常套文句を今世の弟に言ってるところをお母さんに見られて、それに魔力を少し乗せる方法を教えてもらい練習していたこともあった。
だが、今は全く魔力を通そうともしてない。
「僕のこの首のアザは、治癒魔法も薬も色々試したんだけど効いたことがなかったんだ。それで…良ければ、時々で良いからこうしてアザに触れてもらえないだろうか。発動条件は分からないけれど、ユリカに触れられている場所の痛みや苦痛が弱まるみたいだ。」
「全然いいよ!むしろこれくらいしかできないけど… 何も効かないなんて大変だったね。私も色々調べてみるね。」
「ありがとう、本当に。」
まだ声変わりもしてない少し高めの声がさらに高く、狭めの部屋に響く。
こうして、アレンにとりあえず触れるという謎の機会が定期的に行われることとなった。その後、そのまま教室に戻ると授業の合間の休み時間で、周りの皆から心配されまくり怪しまれることはない。
まだお互い12歳で、男女で密会する約束をしていることに気付きもしない2人であった。
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