第5話 給湯室①

 今日もいつものように起きて簡単な身支度をし、アシュリーと同室の先輩方と一緒に食堂で朝ごはんを食べ、寮母さんに挨拶してから教室へと向かう。


 そしていつものように…私とアシュリーの席はなくなっていた。



 「殿下、ご機嫌麗しゅう。今日も素敵ですわ!」


 「うん、おはよう。ありがとう。君もいつも可愛いね。眩しいくらいだよ。」


 「アレン様!ぜひ今日のお昼はご一緒させてくださいまし!」


 「……僕には決定権はないよ。殿下の許可を。」



 私達が自分達の席に近づいても、まるで空気かのように綺麗に無視される。最初の頃は楯突いていたが、恋する乙女達の反撃もなかなか手強く早々に諦めてしまった。

 もちろん彼女たちも、規則はきちんと守る。予鈴が鳴れば話を切り上げて自分達の席に戻る。最近はよくもまぁ毎朝同じような会話をほぼ一方的に繰り広げて飽きないなとむしろ感心してるくらいだ。



 それにしても、アシュリーと私の隣の席にいるこの男子2人のモテっぷりは凄い。そういう私も、正直格好いいと思っている。まぁ手に届かないことが目に見えて分かるのでそれ以上を望むつもりはないが。



 「…何見つめてるの。ホームルーム始まるよ。」


 「え、見つめてた?あ、おはよう。」


 「熱い視線は気のせいか。なんてね、おはよう。」


 「気をつけ、礼。」



 ホームルームが始まった。つい隣のベネクレクスト君を見つめてしまっていたようだ。しかもそれが気付かれていたらしい。


 ──でもラッキー、今日は挨拶できた!


 隣の彼とは基本的に授業以外で話すことはないが、他の子と違って私にはたまに自分から話しかけてくれるので、勝手にではあるが苦手意識は持たれていないと思っている。

 なんなら私は話し下手だし、よく話しかけにくいと言われるので正直ありがたい。話してみると見た目と中身が違うなんて言われることもしばしばあるくらいだ。実際そのセリフは"中身は残念だ"と言われてるようでならないが、気にしないことにしている。








 今日は前から先輩方にニヤニヤしながら楽しみだねって言われていた、薬草学のとある授業がある日である。



 「皆さん耳当てはしっかり付けられましたかー?」



 薬草研究会でもよく使わせてもらっている温室で、1人ずつ目の前に鉢が置かれている。そして渡された軍手と耳当て。



 ──ファンタジー、ファンタジーだわ!前世だと根が絡まって人型に見えるってだけだったけど、耳当てが渡されるってことは…



 まだ暖かい季節で汗ばむ中、しっかりと耳当てを付けてワクワクしながら先生の合図を待つ。



 「それでは、はじめー!」



 先生が手を挙げたと同時に全員一斉に鉢から植物を引き抜く。



 「ギエェェエーーーー!!」



 耳当てをしていても強烈な悲鳴のような鳴き声に、思わず皆顔を顰めている中…私はひとり目を輝かせていた。



 ──本当に鳴いてる!マンドラゴラ草が鳴いてる!



 前世ではただの伝説でしかなく、私が生きていた時代では既に毒性も強く薬としても使われていない薬草。物語の中だけだと思っていたものが目の前にあって、感動しないわけがなかった。

 この授業も、毎年新入生がやって驚く名物らしい。

 ふと、ここでも隣に座っている黒髪の少年と目が合う。というか何故かこちらを見て笑いを堪えていた。


 何故笑われているのか分からないまま、無事マンドラゴラ草を植え替え先生の合図を待ってから耳当てを外す。

 その後先生からマンドラゴラ草が石化に対しての唯一の薬であることなどのファンタジーな説明を受け…授業が終盤に差し掛かった頃だった。



 「ッ…く」



 隣の黒髪の少年が突然苦しみ始めた。尋常じゃない程に汗もかいている。



 「えっ、どうしたの?大丈夫?」



 私が慌てて声をかけても、反応する余裕も無さそうな雰囲気だった。



 「先生、ベネクレクスト君が何だか苦しそうです!」



 クラス中の視線を集めると同時に先生が近くまで様子を見にやって来る。そしてどうしたのかと先生が少年に触れると更に苦しみはじめる。その直後、何故か少年は私の腕を掴んだ。



 「保健室に連れて行った方が良さそう。ウィンスレットさん、連れて行ってもらえる?」






 「ちょっと、歩ける?」


 私が連れてくより、車椅子とか用意した方が良いんじゃないかと思うほど彼はぐったりしていた。

 そして、ふと自分が軍手を着けたままだった事に気付き、泥で制服を汚してしまうところだったので慌てて外す。



 「保健室ってどこだっけ…。」



 入学してからすぐ保健室の場所は教えてもらっていたが、利用する機会もなかったので記憶が曖昧になっていた。



 「…また、助けてくれてありがとう。君に触れられた所から、痛みが柔らかいでいく様だよ。」


 「どういたしまして…って、また?」


 「入学式の日、初めてのホームルームで僕が苦しんでいた時も、助けてくれたのは君だった。魔法を使う様子は無かったし、何かまじないを掛けてくれたんだろう?」


 ──はて。何を言ってるのだろうか。


 「…入学式の時はどうだったか覚えていないけど、少なくとも今は魔法もまじないも使ってないよ?」



 入学式の時はどうだったっけ、と考えこみはじめると、彼が突然立ち止まった。

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