長き幸せを願ってそうろう

純天導孋儸

第1話 少し前

『ホー!ホー!』

 蒸気自動車の汽笛が鳴る。

「オーライ、オーライ!いやぁ、最新の自動車は気分がいいなぁ。」

 若い軍人が汚れた軍服で屋敷に踏み入る。

「ただいま、私の愛しい人。」

「お帰りなさい。私の愛しい人。」

 私たちの恒例の挨拶を済ませる。広い屋敷の使用人達は私たちの日頃のこの行動を見るたびに熱を上げる。

「今日は新任の付き人が来る日だろ?」

 軍人は妻に問う。それに笑顔で答える妻。

「ええ。しかし、付き人なんて必要かしら?」

「君みたいな女性には付き人は必要だろう?あれもしたいこれもしたいって興味の薄れない君には。」

「あら、興味があることはいいことじゃありませんの?“ビアトリクス・ポター”だって興味があったから愛する動物達を茹でて調べたのよ?」

「ははっ!君に何を言っても敵わないよ。」

 軍人は足跡を立てながら屋敷に入る。

「それで何時に来るんだっけ?」

「十二時半よ。」

「十二時半か。まだ時間があるね。昼食にしよう。」

「そうね。ミッチェル、お願い。」

「はい、ミセス・ベルベット。すぐにご用意します。」

 ミッチェルと呼ばれた使用人は他の使用人にテキパキと指示を出してテーブルメイキングを行い十人の家族の席を用意した。

窓に一番近い席に軍人が立つ。

「さぁ、皆の衆。座りたまえ。」

 ザッと音を立てて二人の家主と八人の使用人が席に着く。

「では、良い時間を。」

「「「「「「「「良い時間を」」」」」」」」

「良い時間を。」

 ミセス・ベルベットの応答が終わると使用人達はそそくさと食事をする。それに対して優雅に食べる二人。

「みんな、あんまり急がないように。」

「「「「「「「「はい。」」」」」」」」

「それで、今日は?」

「今日は庭の手入れをしてもらったわ。リチャードは?」

 軍人はリチャードと呼ばれ反応する。

「今朝は軍事演習と防衛対策に進んだよ。どうやら他国も黙っていられないようだ。」

 ミセス・ベルベットは顔を顰める。

「てことは…戦争?」

「そうなるかもしれない。」

 無表情で答えるリチャード。

「まぁ、もともと僕らはそのためにいるんだ。仕方ない。」

「そう…ね。」

 ゴーン。と静寂を打ち消すように鐘がなる。

「十二時だ。そろそろ例の人物が来てもおかしくないだろう。片付けよう。」

 リチャードは私のと自身の食器をまとめて片付ける。

「あぁ、リチャード様。どうぞおやめください。それは私どもが片付けますので…。」

「いいんだ。僕はこれくらいやっている方が性に合っている。」

 軽快な足取りでキッチンへと消えていく夫に少々の不安を抱えていたミセス・ベルベット。

「…。」

 平穏とはいつなんだかに壊れるかわからない。だからこそ不安に感じてしまうのだ。

「戦争…。」

 窓の外を眺める。この青々とした空も黒煙と火薬の焼ける匂いで染まってしまうのだろうか。そう、ミセス・ベルベットは考えていた。

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長き幸せを願ってそうろう 純天導孋儸 @ryu_rewitan

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