クラスメイト

「二人仲良く遅刻しかけるなんてなんて仲の良いことじゃないか」


 ケタケタ笑いながら俺の肩を叩く男。

 クラスメイトの成瀬恭一なるせきょういちだ。

 今日もおもしろそうに俺に話しかける。


「いいものか。おかげでクラスの視線が恐ろしいわ」

「だからこの俺が代表してお前に話しかけている。ちなみに神楽坂…いや。今は相木か。相木は西村がね?」


 絵梨香の席を見ると、確かに西村が代表として周りに女子が二人ほど囲みながら話している。

 中心の的である絵梨香は何とも楽しそうである。

 心地が悪く、縮こまっている俺とは大違いだ。

 お互い同じ話題で好奇の視線に晒されているのにだ。


「それでどうなんだ?クラスの人気者との生活は」


 恭一は脇腹を突きながら問いかけ、後ろの野次馬根性丸出しの男どもも便乗して「そうだ!そうだ!」と声を上げる。


 やめなさい。女子。というか絵梨香に聞かれるから。


「そうひょいひょい言えるか」

「ケチなことを言うなよ」

「プライバシー保護の観点から黙っているんだ」

「あるだろ?裸を見てしまったとか」

「ないよ」

「ぶっ!」


 全くもって冷静に答えたら。後ろからむせる声が。振り向くと絵梨香だった。


「「「……」」」


 恭一は他の人間から俺を隠すように両手で覆いながら耳打ちで問いかける。


「マジで見たのか?」

「見ていないな」

「ではなぜ神楽坂はむせた」


 ちなみにさっきから恭一が、絵梨香の旧姓で呼ぶのは慣れて否からである。それは他の男子たちも同じだ。急に呼び方を変えるのも抵抗があるのだ。一応皆変えているが、やはり時には今のように旧姓で呼ぶことになる。


「さあ?言葉を拡大解釈したか類推解釈したかどちらかじゃないか?」

「何を言ってるんだ……。わかりやすく」

「捉え方。それもかなり大きな捉え方をしたら確かに見たと言うことになるのかもしれないな。ということ。俺は見てないと思っている」

「向こうは見たと思ってるんだろ?」

「それでもだ。客観的事情を考慮した上で俺は見てないと思っている」

「ごちゃごちゃうるさい。具体的にはどんな場面に出くわしたんだ?ほら言ってみ?」

「……寝ぼけていたせいか、パジャマがはだけて、……あれだ」

「俺は具体的と言ったぞ?具体的な説明の際お前は、どれを指しているのかもわかっていない人間に対して、指示語を使うようなバカなのか?」

「この際俺は、そのようなバカであるとされてもいいわ」

「いや。俺はお前がそんなバカではないと信じているし、それは正しいと確信している。さあだから言ってみ?」


 友人として嬉しい信頼が、これほどうざったいと思ったのは初めてである。


「だからあれだ。その。……絵梨香の肌を見た」

「ほう。だが、それでは範囲が広い。まさか腕の部分を見て『肌を見た』などと言う表現を使っているわけではないだろ?それではまだ具体性に欠けるぞ」

「うぜぇ」

「仮の話だが、俺とお前立場が異なればどうする?」

「詰問する」

「即答ありがとう。そしてそのうざいと言う感情は胸に締まってもらおうか」


 感情のままに答えたことで、どうやら俺は、逃げ場を自ら捨ててしまったようだ。反省。


「……上半身?」

「胸の辺りか。なるほどそれはそれは素晴らしい思いをしたようだ。ええ?なんとも羨ましいハプニングではないか」

「胸。とは言っていない。勝手に解釈して勝手に怒るのはあんまりではないか」

「俺をその辺の文字を読めない人間と一緒にするなよ?今の話とお前を知った上での解釈だ。間違ってないだろ」


 俺の反応を見たのか、恭一は嬉しそうだ。


「どうだった?」

「知るか」

「……知らないの?」

「……」


 いつの間にか絵梨香が近くに来ていた。会話に夢中で二人とも気づいていなかったようだ。


「それはちょっとショックだな〜」

「……どう言えと?」

「最高でしたとか?」

「少し黙ってろ」


 後ろの茶々入れに釘を刺す。


「いや。ほら恥ずかしい目にあったし?」

「寝ぼけていた方が悪い」

「あっ!そんなこと言う」


 明らか不服な顔をする。だが、悪いが今回はこれで押し通させてもらう。


「ひひ。相木君。それはいけない」

「西村か」


 会話に入ってきたのは絵梨香の友達兼クラスメイト西村である。


「ここは大人な対応をしとくべきよ?ほらそうしたら簡単に機嫌直して、そして役得。これからも同じようなことがあってもちょっと譲るだけでほぼタダで見れるよ?」

「あ〜」

「悩む辺り、男の血は流れてるね」

「やかましい」

「仲良く何を話しているの?」

「あっ!いやいやいやいや。何も何もやましいことはしてないよ?本当だよ?」


 あまりにも信憑性に欠ける言葉を発しながら、絵梨香に抱きつき、機嫌を取ろうと試みる。目の前でそれをやられると見ていいのか悩むためやめていただきたい。

 どうしていいかわからず俺は窓に視線を向けると、その視線を力づくで変えられる。


「こっち向く」

「あっ……はい」


 なんと間抜けな返答。

 綺麗であり、芯がある目と交わったことで生まれた羞恥心。

 なぜ羞恥心が生まれたのかはよくわからないが、情けない男子高校生であるがゆえであろうと納得する。


「いや〜。仲が良くていいこと。そしてクラスの話題を欠かさず提供してくれてありがとう」


 西村が嬉しそうに礼を言う。


「そ。そう?」

「そんな近い距離だとね?色々邪推されるよ。もうしてるけどね」


 西村のいう通り、クラスメイトの顔を見ると、それはもう好奇心に満ちた顔をしていた。

 確かにこれでは、俺と絵梨香は、今後も揶揄われる対象なのだろう。


 ……というか多分俺だよね?主に揶揄われるの。






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