朝 その2

「起こしてくれたのだからそんな顔したらダメよ」

「わかってる」


 言葉ではそう言ってるが、顔はまるでそんなことはない。なにせ顔はいまだに赤いままだ。


「いきなりそんなイベントを引き起こすあたり、お前なかなかに持ってるな」

「少し黙ってくれ」


 俺は俺で、父さんからの揶揄いを受け流している最中である。


「起きるのが遅いのが行けないんでしょ?」

「……一応目覚ましセットしていたし。というか、目覚ましが鳴る20分前だったのだけど。と言うかまだ全然余裕あるよね?」


 それはその通りである。何なら今からアニメを視聴し始めても余裕で間に合うほどである。

 俺はいつも朝は余裕を持ちたい派閥の人間であるから、そうであるが、よくよく考えると、絵梨香がそうであるとは限らない。そのことに対する配慮は少し少なかったかもしれない。


「いいじゃない。こうしてみんなで食べられるのだから。それに、裸を見られたわけじゃないし、兄弟だし。セーフよ」


 それはセーフなのだろうかと言う疑問が、生まれた。おそらく絵梨香も心の中で突っ込んでいるに違いない。付き合いはまだ浅いが顔がそう言っている。


 これ以上この話題を続けるのは避けるべきだろう。何と言うか思春期の男女にはつらいものがある。話を逸らすとしよう。


「こうして朝に全員揃うの初めてですね」

「なぜに敬語なんだお前は?」


 顰めっ面で父さんは俺に問いかける。敬語なんか使うなと言うことだろう。

 だがそれは……わかってほしい。家族になった。だからそこですぐに切り替えてタメ口をかけるなんてものはない。それができるのは1番年上か又は心臓に毛が生えた人間だけだ。


 幸い他二人は気にした様子はなく、俺の話題に乗ってくれた。


「そうね。だからこういう時間は大切にしないと。しばらくまた忙しくなりそうだし」

「えっ!……そうなの?」


 義母さんは、少し申し訳なさそうに述べる。絵梨香が少し残念そうな表情を見せてしまったからだろう。でもそれは仕方ないことであり、それでわがままを言うほど分別のつかない人間でもない。

 絵梨香はすぐにその表情をなかったことにする。


「仕方ないね。家のことは任せておいて!」

「俺も。同じです。家事はできますから」

「それは頼もしい。是非頼むぜ!」


 清々しい笑みを浮かべる父さんに思わず苦笑いしてしまうが、二人は笑っている。


「父さんも仕事が忙しいのは知っているからね。頼まれた」

「ほぉ。頼もしい息子だ。……さてそろそろ時間だ出るとしよう」

「私も残念ながら時間切れね。二人は?」

「学校から近いからね。まだ余裕よ」

「そう。なら戸締まりはよろしくね」

「オッケー」

「食器は置いておいて大丈夫」


 両親は、俺の声が聞こえたのだろう。食器を台所の方へと運んでそのまま出勤していく。


 俺と絵梨香はそれを見送りながら、パパッと全員分の食器を洗う。


「俺たちも出るか?」


 まだ時間的には早いのは承知しているが、家にいる理由もない。そのための提案なのだが、絵梨香は少し考えた上で、首を横に振った。


「もう少しゆっくりしてもいいじゃない?今から行っても自分の席でボーっとしてるだけになるじゃない」

「じゃあどうする?」

「コーヒーでも飲みたいな〜」


 チラッとこちらを見る。

 なるほど俺に淹れろと言うわけか。いいだろう。

 手早く準備を始め、慣れた手つきで入れる。


「ありがとう」


 淹れたてのコーヒーが入ったカップを渡すといつの間にかソファに移動していた絵梨香は嬉しそうに受け取る。

 そして自分の横をぽんっと叩く。


 それに釣られ俺は絵梨香の隣に座り、自分が淹れたコーヒーを堪能する。


「落ち着く」

「あぁ。そうだ……な?」


 右肩に妙な暖かさがこもった重みを感じ、視線を向けるといつの間にか絵梨香の頭がのっかていた。


「えっと……」

「いいじゃん。少しかしてよ」


 少女らしいわがままを言われたら、どうも断ることができなかった。むしろこれはこれで。嬉しいとさえ思っていた。


「涎を垂らして寝るのだけは勘弁してくれよ?」

「女の子に対してひどい言種」


 素直に喜ぶことなんてできない俺にはこのようなことしか言えない。

 絵梨香は不服であるようだが、どうか許して欲しかった。


 それから俺たちは、時間にしたら10分にも満たない短いひと時であったが、それが何時間にも感じ、落ち着いた雰囲気が支配していた。


 学校に行く時間が迫っていたが、このひと時を手放すのが惜しく。しばらく動き出すことはできなかった。


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