必要のない罪悪感

 神楽坂の告白からどれぐらい経ったのか?


 おそらく大した時間ではない。5分経ったかすら怪しいものだ。


 その時間が長く感じる割になぜかあっという間であった。矛盾した言い方だが、そのように感じたのだから仕方ない。


「こんなところで何してるの?」


 正直に告白するとこの声が聞こえてきたことで全身から冷や汗が溢れ出たように感じた。


 この人物が怖い人間でもなければ、その声色がひどくゾッとするものでもない。むしろその声は綺麗で心地よいように思える。


 なのに自分はその声を聞いた途端恐ろしい。無機質で冷淡に自分の命を刈り取る声のように聞こえたのだ。


「?。どうかしたの?」

「いえ。何でもないですよ先輩」


 俺は取り繕いながら声の主の顔を見た。


 予想通り。


 振り返った人物は、俺が親しい人。そして、こんな言い方は良くないかもしれないが、彼女を。神楽坂を振った理由となる人物である。


 水無瀬優香。みなせゆうか


 俺の一つ上の女性であり、俺が好きな女性でもある。

 そして現在最も会いたくなかった人物でもある。


 普段であればそんな感情を抱くこと自体ない。

 おそらくこの感情を抱くのは彼女に告白されたがゆえであろう。


 この感情は罪悪感とでもいうのだろうか?だが、それはおかしな話だ。

 まず俺は水無瀬先輩と付き合っているわけでもなんでもない。仮に付き合っていてもそんな感情持つ必要はない。それが非道徳的と言われるものでもなんでもないのだから。


 ではなぜそんな感情を持つのだろうか?


 それはおそらく自分のしょうもない業とでもいうべきものだろう。先輩に嫌われてたくないというしょうもない欲求。己の醜い部分を守るための防衛本能なのかもしれない。


 ……言語化するとなんとも情けない男に思えてきた。


 だからこのことを考えるのをやめ、先輩の方へと体を向ける。


「こんな遅くに一人でいるなんて珍しい。何かあったの?」

「いや。特に何も。気まぐれです」

「へぇ……。あまりそういうことをしない人間なのに。そういうこともあるんだ」


 ぎくり。という表現が正しいのかもしれない。心臓を掴まれたようだ。


「これから帰ろうと思うんだけど一緒にどう?」

「えぇ。そうですね」


 しかし先輩は、何事もなかったかのようにふるまう。


 そして帰り。あたりはもう暗くなり、人気もだいぶなくなった時間。二人きりになった後も取り止めもない中身のない話だけで特に何もなかった。


 先ほどの感じたものは気のせいだったのだろう。


 ふぅ。と一息つくと、やはり先ほどの出来事に頭が支配され始める。だが、その思考はどこまでも進むことなくその場に留まり続けている。


 ―――これ以上考えても仕方ない。もう忘れるべきだ。


 おそらくこの答えは正しい。誰かが告白して、玉砕する。別に珍しいことでもない。そこにあまり感情を持ち込むと、疲れるだけだ。


 しかし。どうやら俺はその世間一般的に正解と言える行動をとることを許されないことになる。


 ―――なにせ。告白された彼女。神楽坂と兄妹となるのだから





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