新たな家庭は少しぎこちない

 一ヶ月前に振った人と兄妹になって3日たった。今日は日曜日やることは特にない。


 正直言ってどう接していいかわからない。


「おはよう」

「……おはよう」

「元気ないね?聡くん」

「神楽坂は…」

「もう違うよ?」

「そうだったね。ごめん絵梨花」

「よろしい」


 満足そうな絵梨花であるが、正直俺はどこかむず痒い。

 いや、下の名前で呼び合うのは特段不思議な話ではないのだが、どうも色々な状況が俺の今の感じになったのだと思う。


「あっ!朝ごはん作らないと」

「……手伝うよ」


 正直まだ一緒にいるのは気がひけるが、これでもしっかりと教育を受けてきた身、慣れない家での生活は気苦労が絶えないにもかかわらず彼女に任せるほど社会規範が身についていない愚か者でもない。

 いや、本当であれば俺が気を使うべきであるから、この時点で恥ずべきかもしれないが。


「♪」


 随分と楽しそうに鼻歌を歌う絵梨香。まだ3日目。彼女はどうしてこんなにも楽しげなのだろうか?

 思えば、彼女から気まずいという感情がまるで感じ取れなかった。いや、俺が鈍感で気がついていないという間抜けなのかもしれない。しかし、それにしたってあまりにも自然にそこにいたように振る舞うのだから仕方ない。


「食器はどこにあるの?」

「あぁ。食器はだいたいこの辺だ。だが、今までは男の二人だけだったから少ないけどな。だからとりあえず大皿で我慢してくれないか」

「それは仕方ないね」


 そう言って適当に皿を取り出していく。


「でもこうしてみるとなんか夫婦になったみたいだね」

「いや。兄妹だろ?」

「ん!ノリが悪い」

「そうか?」

「そんなんだからクラスで話しかけづらいという評価を受けるんだよ」

「ちょっと待て。それは初耳だ」

「いや話しかけてこないことからなんとなく理解しようよ……」

「一応友達いるぞ?」

「ほら。よく本読んでたりするからその時の顔が怖かったりするし」

「そんなふうに思われてたの?」

「まぁ。私はそんなことはないけどね!」

「嘘でもありがとう」

「嘘じゃない!」


 そんなたわいのない会話をしながらすでに朝ごはんの準備は整った。

 用意されたのは和食と洋食が混ざり合ったもの。正確に言えばベーコンエッグにウインナー、それに納豆とかだ。なんか適当なホテルの朝食のような感じだ。まぁ家族間の食べるもの。そんなかっちりするものでもない。


「うん。一緒に食べるのは普段より美味しく感じるよね」

「お母さんとは?」

「ほら。遅い仕事だから。起こすのもね?現に今いないし」


 確かに。絵梨香の母、莉央さん。看護師として働いている女性である。

 絵梨奈とは異なり物静かな女性であることが、俺の父、相木翔が再婚した理由の一つだろう。

 どうも以前の女性。俺の母なのだが、莉央さんとは正反対の性格であり、それに振り回されていた記憶がある。

 俺は母であることも理由だが、そこまでひどい女性とは思わないし、それは正しいだろう。

 別に父さんの口からも悪口はないし、時折母さんとも会うが、悪口は聞かない。

 なんならたまに会って話しているそうだ。

 おそらくお互い離れた方がいいとの判断なのだろう。

 子供である俺はそれに対して不満も何か文句もない。ただそういうものなんだなということを学べた。


 話がそれた。

 莉央さんはその職業柄朝は遅くまで寝ていることが多いようだ。それは仕方のない話であるし、それをエリカも重々承知している。だから少し寂しい顔をするだけなのだ。


「これからは俺と一緒だな。何せ兄妹だ」

「…そうだね。何せ兄妹なんだからね」


 少し含みがあったがそれは気が付かなかった。


 それからしばらくして食事も終え、コーヒーを淹れて一息をつく。空を見ると積雲が見えてとても良い天気。気温も悪くない。どこか出かけるには最適である。


「ねぇ。ショッピングモールに行かない?」

「そうだな。食器を揃える必要があるしな。かと言って俺が揃えるのより、これから一緒に過ごす以上意見を聞いときたいしな」

「それだけじゃないよ?せっかくなんだから遊ぼうよ」

「……まぁ。いいか」

「よし決まり」


 絵梨香はそう言うと元気にまだ自分の物が少ない簡素な自室に戻り、出かけるための支度を始めた。

 肯定的な返事をした以上自分もこのまま座ってコーヒーを飲んでいると言うわけにも行かない。少ししたら俺も準備をしよう。


 彼女は今どんな気持ちなのだろうか?

 それが今だにわからない。だが少なくとも負の感情ではないように感じる。だとすればもう気にしない方がいいのかもしれない。だが、イレギュラーな事態なだけにどうもそれを無視してもいいものなのか。


「まぁ。それはそれで人の感情に土足で踏み上がるような行為か」


 そう考えるとさっさと切り替えた方がいいようだ。


 俺はそう言い聞かせ、残りのコーヒーを。まだ暑く喉が一瞬焼けそうであったが、飲み干して出かける支度のために自室に戻るのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る