その告白は、美しかった

 長い授業も終わり。部活動がある人間は、意気揚々と行った感じで、はたまたは憂鬱なといったまるで対極的な感情を持ちながら部活動へと向かっていく。これ

 も日本の学校でよく見る光景だ。


 そして帰宅部。仲の良い人間で集まり、今日の予定を確認しながらゆったりと帰る人もいれば、一人でさっさと帰る人もいる。


 数百人もの人間が一つの校舎にいるのだから、価値観もまた多様だ。だからこの光景はありふれたものだ。


 帰宅部である俺。相木聡あいきさとしも、本来であればさっさと家に帰っている。


 だが、今日だけはそういうわけにはいかなかった。


 呼び出しを受けたからだ。


 俺を呼び出したのは、同じクラスである神楽坂絵梨香かぐらざかえりか。人当たりもよく、クラスの人気者だ。悪くいう人間はいないだろう。


 そんな人物からの呼び出しだ。


 別に何かやらかしたとかそういうものではない。だから俺が何かひどい目にあうということはない。では何が目的なのか、俺は何となく理解していた。


 俺に声をかけた神楽坂は緊張していた。頬を赤ながらこちらに近づき、少し掠れた小さな声、しかし俺にしっかりと声を届けようとする意思があった。


 その時俺は察した。


 これはきっと彼女にとって真剣な事柄だ。無碍に扱うのは、きっと人間として恥ずべきことだろう。俺は少し力強く足で地を蹴る。そして彼女が待っているであろう屋上へと向かう。


 ――――――


 神楽坂は屋上で夕暮れを眺めていた。


 その光景は何とも儚く、近づくのが躊躇われた。俺が近づくとその儚さが失われてしまうのではないかと思われたからだ。


「あっ!きてくれたんだ」


 どうやら神楽坂は気がついた様だ。


「別に予定もなかったからな」


 どうも自分は、こういうとき素直になれない人種らしい。ついついそっけいない態度をとってしまう。


「嬉しい」


 しかしまるで気にした様子もなくニコッと笑う彼女は、夕日の背景も相まって綺麗だった。だからだろう、俺の心臓の鼓動が早くなっている。

 この鼓動は淡い期待による鼓動ではない。これは恐怖による鼓動だ。


「……あ。あの!聡くん」

「…はい」


 それから少し当たりに静寂が流れた。名前が呼ばれてからその後の言葉が出てきていない。だが、俺はそのことに対して苛つくこともなくただそれを待っていた。


 いや、こないでほしい。次の言葉を胸の内にしまい。それを見せないでほしいと思っていた。


 これはきっと自分のエゴだろう。自分のことだけを考えているから出てくる感情だろう。だが、俺も人間だ。それは許して欲しかった。


「聡くん!…っ。ごめん。ずっと待ってくれているのに」

「いや。いいんだ。そんなことは、俺は気にしていない。……待つよ」

「ううん。大丈夫」


 どうやら腹をくくったようだ。その目には強い意志があったから間違いない。



 ……それが辛かった。



「…聡くん。好きです。私は君が。……だから、付き合ってくれませんか?」


 正直に告白すると、俺はこの言葉にひどく心が揺さぶられた。


 だが、俺の心の奥底はそれを受け入れることはできなかった。


「…好きな人がいる。だからごめん」


 誤魔化すことなく自分の本心を伝える。それが自分ができる唯一の誠意の見せ方だ。


「…っ。…そう」


 顔に哀しみの表情を見えるが、それを賢明に隠そうとする。


 それを見ると後悔と同時に喜びの感情が浮かんだのが感じ取れた。


 それを自覚すると俺は口を切るほどの力で唇を強く噛む。


 自分の情けない顔を見せないため。いや。心の中にある恐ろしく醜いものを見せないため。自分の見栄のためだ。


「そっか。好きな人がいたんだ……。ごめんね?困らせてしまって」

「…。あぁ」


 そんなことはない。と言おうと思ったが、声に出なかった。そんなことすら言えない自分が腹立たしい。


「でも。よかった。伝えられて。自分勝手だけど。胸がスッとした」

「勝手ではないよ。それは」

「ふふ。ありがとう。そう言ってくれて。そして真剣に向き合ってくれて!」

「……っ」


 その顔は今まで見たどれよりも美しいものだった。勇気を出し自分の思いを打ち明けた意思。そしてそれが叶わなかったことによる悲しみを隠そうとする意思。さまざまな意志が混ざった顔はこんなにも美しいものなのか。俺は今日知ることができた。


 そんな顔を見せてくれ他ことに申し訳なさもあるが嬉しさもあった。


「……それじゃ」


 神楽坂はそう言って。屋上からさっていた。俺はその姿を突っ立て見ているしかできなかった。

 それからしばらくは動けなかった。


 なんとなく自分が情けないような気がして、自己嫌悪に陥っていたように思える。


 それでもずっとここにいるわけにもいかない。そんな当たり前の事実に気づきようやっとずっと地面にしがまれていた足を無理あり上げ歩き始めた。


 俺はそのとき、彼女の顔が。あの美しかった顔が頭の中からいなくなることはなかった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る