第56話 クリクリ25さん


 楽しい旅行も終わり、学校が始まった。


「やっとお昼休みだー! 今日はね、ナツの好きなツナ入りオムレツ作ったからね♪」


 毎日私の為にお弁当を作ってくれるハナ。

 私の笑顔が見たいからって。幸せ者だ。


「あれ、キーちゃん変なストラップつけてんだね。何それ?」

「これは……私の好きな動画配信者の……その……」


 え……?あれって……


「ナツ太郎ストラップだ!! キーちゃんナツ太郎好きなの!?」


 目を輝かせたハナが食いつく。

 そりゃそうだ。ハナがデザインして作ったグッズなんだから。


「なんだなんだー? ナツ太郎? キーちゃん、誰それ? 男?」


 珍しくニコちんが妬いている。

 あの旅行以来、なんだか二人の距離感は以前より近くなっている気がする。


「ナ、ナツ太郎は女の子だよ? ギターが凄く上手なの。声は出した事なくて、コメント欄とかSNSでファンとやり取りしてて……リクエストなんかも積極的にしてくれるんだよ。私がリクエストした曲も弾いてくれて……ギターの事はよく分からないけど、凄く優しい音色なんだよ。きっと凄く優しい人なんだと思う」


 キーちゃんがそんなふうに……

 ナツ太郎、感激です。


「へぇへぇ、随分と熱が入ってんのね。ナツ太郎ねぇ……調べてみよっかな…………ひょっとこナツ太郎? なんだこれ、ふざけてんの? …………ん?  ……んん?」


 スマホと私を交互に見つめるニコちん。

 もしかして……


【バレてますな】 


「……なぁナツ……いや、やっぱいいや……アー、ワタシモナツタロウニアッテミタイナー」


 思ってないよね?

 っていうかこれ絶対に理解してる。


「ね! ニコちゃんもそう思う? この曲なんか凄くいいんだよ」


 ……ハナがウズウズしてる。

 変なことにならなきゃいいんだけど。

 

「ねぇキーちゃん、私ね── 」



 ◇  ◇  ◇  ◇



 ハナの部屋に集まるいつものメンバー。

 私を除いて……


「まさかハナちゃんがナツ太郎と知り合いだなんて思わなかった。あー、緊張する……」

「キーちゃん、あのさ……」


「よーし! 準備いい!? ナツ太郎ー!!」


 早く正体バラして終わりにしよう……

 ヤケクソ気味にドアを開ける。


【ナツタロサァァン!!】


「こんにちはーナツ太郎でーす」


「……」

「……」


 誰か突っ込んで!?

 恥ずかしすぎる……

 ひょっとこがあって助かった……


「ナ、ナツ太郎さん!! えっと……いつも応援してます!! サ、サインとか貰えますか……?」


「「!!??」」


 私もニコちんも多分同じリアクション。

 気がつくよね?制服同じだよ?

 っていうかハナはなんでドヤ顔なの?

 

 と、とりあえず何かアクションをしないと……


「どれにすればいいのかな?」


「実は最近ナツ太郎さんの影響でギターを始めて……小さくてあれなんですけど、ピックに書いてもらっても……いいですか?」


 へー、キーちゃんギター始めたんだ。知らなかった。

 あ、ニコちんも同じ事思ってるな。

 ピックか……


「……これあげるよ。私ピック使う時少ないし。これにサインすればいいよね?」


 そう言って革製のピックケースを渡す。

 ……私なんかを見て目をキラキラしてくれてる。

 俺だった頃に、ずっと欲しかった眼差し。

 自分の音楽で誰かの何かになれればと思い描いていた。


 ……顔か!?

 やっぱり顔なのか?


【顔でしょ。あと胸。それと尻】


 サイテーだな。

 ……いや、そんなもんか。


「せっかくだから何か弾こっか? 前にリクエストしてくれたやつとか……」


「覚えてくれてるんですか!? わー、嬉しい……」


 さっきからニコちんの視線が恐い。

 狩られるんじゃないかってくらいに。

 洒落にならんな……

 とりあえず弾くか……


 クリクリ25さん。

 今思えば、あれがキーちゃんなんだと思う。っていうかそのまんまだよね。

 栗原のクリに、ニコちんの25。


 名前を聞いた事がないアーティストの曲で、探して書き起こすのに苦労した。

 キーちゃんらしく、優しくて可愛い曲。 

 

 弾き終わるとキーちゃんは涙を流していた。


「……素敵です。私なんかの為に……」 


 こんなに感動してくれるとは……

 まいったな、なんて切り出せばいいのやら。

 そこへ均衡を破るハナの声。


「ここで大切なお知らせでーす! 実は……」


 あぁ、やっとひょっとこを外せる。


「ナツ太郎、テレビ出演しまーす♪」


「なっ!? き、聞いてないよ!?」


「ふっふっふ、今言ったからね!!」


 それであのドヤ顔だったのか……

 いやいや、無理でしょ。


「おー、夏良かったなー。私達も付いてっていい?」

「えっ!? 夏ちゃんなの!!?」


 ってな訳でひょっとこナツ太郎、TVデビューである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る