第55話 I Love Youの隠語


「いやー、食った食った! 当分カニ見たくないわー」

「ふふっ、美味しかったね」


「ウニ美味しー♪」


 ちびちびと大事そうにウニを食べているハナ。

 その満足そうな顔を見てるだけで、ここに来てよかったと感じる。


「そういえば日本以外でもウニって食べるの?」


「うん、イタリアに住んでた時に食べてたよ。でも日本のウニが一番美味しいの♪」


 イタリア……

 小さい時からハナママと世界を歩き回ってた事は知ってるけど……いったいどんな生活をしてたのかな。


 どんな事を考えてたのかな。


 好きな人とかいたのかな。


 他の人と手を繋いだ事はあるのかな。


 ……自分の中にドス黒い何かが生まれる。

 こんな自分に嫌気がさす。


 でも仕方ないよね、好きなんだもん。


「ナツ?」


 唇も指先も……耳の裏に隠れてる小さなホクロだって……全部私のモノなんだから。

 私の……ハナは私の…… 


 気がつくとハナの顔が近くにあって、優しく私に耳打ちをしてきた。


「手を繋いだ事も好きになったりキスした事も……ぜーんぶナツが初めてだよ」


「……ホントに?」


「ふふっ♪ ナツの知らない私は確かにいたかもしれないけど……あの時の私は、その土地の言葉とか文化を覚えるのに精一杯だったの。二年くらいで他の国に移って、また言葉を覚え直して……日本でずっと暮らすって言われてから、いつか付き合う誰かを少しずつ考え始めて……でもなかなか想像出来なくて。日本になかなか馴染めなくて、心を閉ざしてた時に声をかけてくれたのが、お腹を空かせた誰かさんで……私の作ったお弁当を美味しそうに食べてくれたの。私を見てスウェーデン語で話してくれたのはナツ、あなたが初めて。あの時から……私の人生が始まった気がするの」


 そっか……

 どこかで聞いたことがあるなって思ってたけど、これって……


「じゃあ……私と同じだね♪」


「ふふっ♪ そうなの、同じなんだよ。ナツだーいすき♪」


 少しでもタイミングがズレていたら、この未来は無かったのかもしれない。

 なんて、もしもの世界を考える必要はなくて。

 天文学的な確率で今この瞬間があるとすれば、それは運命としか言いようがないから。


 部屋にある露天風呂に二人で入る。

 月が綺麗。

 そういえばI Love Youの隠語で月が綺麗ですねなんて話を聞いた事があるけど……なんだかねちっこい気がする。


【素敵やん?】

 

 男の頃は思わなかったけど、今思うとなんか気持ち悪いよ? 


【マ!?】


「わー、月が綺麗だね。……ふふっ♪」


「どうしたの?」


「月の事考えてる筈なのに、ナツの事しか頭に入ってこないの」


 私も同じ。

 いつだって、私の中はハナでいっぱい。

 だから、少しずつ勉強している事がある。


「……Du är i mina tankar.」


「……Jag älskar dig♪」


 確かに月は綺麗なんだけど……

 好きな人の前では、そんなのどうだってよくなっちゃう。

 

【なんて言ってなんて言われたの?】


 内緒。神様なのに分かんないの?


【スワヒリ語とか分かんないし(;´Д`)】


 スウェーデン語だよ!!ったく、失礼な。


「ナツ、このまま……しよ?」


「うん、いいよ。おいで」


 夜が更け、照明が消えていく。

 残った月明かりが、私達をより甘くさせる。

 どこまでも甘く、どこまでも深く。


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