第52話 私も優柔不断


「じゃあサをチに言い換えるゲームね。私からだぞー。サンサンサンポ!」


「えーっと、チンチンチンぽ……もー! ニコちゃんっ!!」


「やだー、ニコちん男子みたいな事やってるー」


「あはは、ニコちんらしいけどね」


 予てより計画していた旅行。

 テストもまずまずだったし、文化祭も無事終えての三連休。

 電車で移動中である。


「いやーワクワクするなー。なんせ秋だからなー! 腹一杯食べるぞー!!」


「よく噛んで食べるんだよ? ニコちゃんすぐ飲み込んじゃうから……」



 蟹と雲丹と鰤が食べたいという要望で日本海に面した旅館を予約した。

 日本海側は俺の時も行ったことがないから楽しみだ。


 車窓に映る私。

 薄く化粧をしてみた。

 服も自分で選んで、髪も結んで。

 

 自分で思うのもアレだけど、可愛い。

 ハナにはどんな風に見えてるのかな。

 

 可愛いって思ってくれてるかな。


「キーちゃんの親なんて言ってた? ウチなんか、彼氏か!?ってうるさくてさー」


「ニコちゃんとって言ったらすんなり許してくれたよ」


 なんとなく、触れないでいた事。

 両親の記憶……

 未だにハッキリと共有出来ていない。

 

 なにかキッカケが必要なんだろうけど……

 

 私の目の前に横たわる父と母。

 頭から血を流して……拳銃で撃ち抜かれた跡がある。


 震える私の手には拳銃が握られていた。

 

 私が……やったのかな……

 

 モヤモヤとしたまま外の景色を眺めていると、ハナが指を絡めてきた。

 何も言わないで、同じように景色を眺めている。

 ただ、繋がる手と手が温かい。


 電車の揺れが心地よくて、思わずウトウトしてしまう。

 ハナが膝の上をポンポンと叩いてくれたので、そのまま膝枕で眠りにつく。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇


「あれ? 夏寝ちゃったの?」


「うん。今日は朝早かったし」


「夏って朝苦手だよなー。そんなに集合早くなかったよね?」


「……ナツ、今日は自分で髪の毛を結ってメイクしたの。いつもは私が色々としてあげるんだけど、今日は早く起きて準備してたみたい。私が朝起きたらもう準備出来てて……凄く可愛くて、今日はドキドキしっぱなしだよ。ナツはそういうのに疎いから……いっぱい勉強したんだと思う。そう思うと堪らなく愛しくて……可愛いよ、素敵だよって言いたいのに言葉が出なくて。目も合わせられないくらいに好きなの」


「夏も大概だけどハナっちも大概だよね。普通そんな恥ずかしい事、言葉に出来ないから。ドラマでも見てる気分だわ」


「でもそれだけ好きなんだよね。凄く素敵な事だと思う」


「ふふっ。それとね、ナツはお父さんもお母さんもいないから……そういう話はちょっと……ね? さっきもナツ、顔がこわばってたから……」


【良い子だのう。たぬき寝入りしている誰かとは大違いだ】


 彷徨ってたけど起きちゃっただけだし。

 良い子なのは同感だけど。


 ……また、ウトウトしてくる。


 頭を撫でるハナの手が、誰かの手と入れ替わっていく感覚。

 辺りは静まり返り、小鳥の囀りが聞こえる。

 目を開けると、そこにはまだ小さな私と母親がいた。


『ごめんね夏、休みなのにどこにも連れていけなくて』


『ううん、仕方ないよ。お爺ちゃんもお父さん有名人なんでしょ? 一緒に歩いてたら騒がしくなっちゃうもん』


『ふふっ、悪い意味で有名人ね』


『お爺ちゃんもお父さんも優しいよ? 悪い人なの?』


『そうね……褒められた仕事じゃないかもね。でも私達はそのおかげでご飯が食べられてるし、組のみんなも……その家族も生活出来てるから。その人達にとっては悪くないよね。って、八歳の夏にはまだ難しいかな?』


『分かんないけど……みんな優しいからみんな好きだよ。あ、フジだ。フジー!』


『お嬢様、どうしました?』


『お母さんとプリン作ったから一緒に食べようよ!』


『食べたいんですが、その……仕事中ですから……』


『いいじゃないフジ。食べてあげて? 蒼一さんに見つかったら私が言ってあげるから。フジが夏を唆してるって』


『やっ、やめてください! 指だけじゃ済まされないんですよ!?』


『お母さん、そそのかすってなに?』


『フジが夏の事食べちゃうって事』 


『えっ!? フジは私の事食べたいの!!?』


『なっ!!? そ、そんな事……』


『あらあら、顔を赤くしちゃって。案外ウブなのね』


『ホントだ、顔真っ赤だよフジ。大丈夫?』


 ◆  ◆  ◆  ◆


『夏、お散歩しよっか』


『えっ? いいの!!?』


『雨だし傘さしてけば誰か分からないもの。おいで』


『ふふっ、お母さんの手温かいね』



 雨の日が好きだった。


 どこにでもいる、普通の親子になれたから。


 大きくなってから聞いた話だけど、歴代の組長は正妻は作らなくて愛人的な人が何人もいたらしい。

 抗争の邪魔になるからだって。

 今思えば、お婆ちゃんがお父さんを産んですぐに離婚したのもそんな事が関係しているのかもしれない。


 組長の息子夫婦とその子供、なんてのは組にとって目の上のタンコブだったんだろう。

 お母さんが私と外に出なかった理由もきっとそう。

 組を守る為、それに……私を守る為。

 

『ねぇ、お母さんはお父さんのどこが好きなの?』


『そうねぇ……優柔不断な所かな?』


『えっ? それって悪い事だよね!?』


『ふふっ、そうね。でもね夏、迷うって事は大切なものをたくさん持ってる人なの。だから迷っちゃうの。人であれ物であれ……素敵な人だから。私は後押しをしてあげる係。蒼一さんは……私がいなきゃ駄目なの』


 お母さんの惚気顔が記憶に焼き付く。

 私に……よく似ている。


 景色が急に切り替わる。


 お父さんとお母さんが会話をしている。 

 うまく聞き取れない。

 お父さんは目の前でお母さんの頭を撃ち抜いた。


 えっ……?


 唐突な出来事に理解出来ないまま視界がボヤけ、電車に揺られる音が聞こえてきた。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 気がつけば涙を流していた。


「ナツ……?」


 嗚咽をこらえるのが精一杯で……

 きっと、みっともない顔をしてる。


 ハナは何も言わずに、膝の上で頭を撫でてくれて……

 ただ、ハナの瞳からは涙がポロポロと落ちてくる。


 なんとか力を振り絞り声を出す。


「ハナ、私……」


「ここにいるから。私はずっと一緒にいるからね」


 ごめんとか、ありがとうとか色々な言葉が頭の中に浮かんだけど……

 一番強く思ってる言葉が口に出る。


「……好き」


「ふふっ♪ 大好き。あなたの足りないものは……私が埋めるから」


「……私の中はハナで埋め尽くされてるよ。幸せだね」


「あれ、夏起きた? 今停車時間長かったからホームで色々と買ってきた……なんで泣いてんの?」


「夏ちゃん大丈夫?」


「これはその……」


「よーし! 私が笑かしてあげるわ。経験、ケをパに変えると?」


 私も優柔不断なのかもしれない。

 だって、こんなにも恵まれてるのだから。


「……あははっ、バーカ♪」 


 みんなが私を後押ししてくれる。


「にししっ♪ そうそう、笑顔が一番だよ。お昼何食べるー?」


「ニコちゃんその言葉五回目だよ?」


 お昼は何にしようかな。

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