第49話 ニコちん&キーちゃん①


「あ、キーちゃん! もう来たの? 早くない?」


「うん……だって今日は最後の試合でしょ?」


 今日はニコちゃんの中学生最後の試合。

 全国のエース格の選手が集まってチームを組む特別な試合。

 色々な高校からスカウトが見に来たり、お客さんも大勢くる。

 全国大会も華々しかったけど、この試合は本当に凄い選手しか出られない、まさに中学生のオールスター。


「あの二人も来るよね?」


「うん、夏ちゃん寝坊したみたいで……試合には間に合うって」


「ハハッ、夏らしいや」

 

 ウォームアップ中のニコちゃん。

 いつもとは違う表情。

 キラキラと輝いて見える。


「ん? どうしたの?」


「えっ!? あっ……その……お、お弁当作ってきたから……終わったら食べよ?」


「いーねー。やる気出たよ、ありがと」


「そ、そう? ふふっ、良かった」


「……キーちゃんさ、あの時のアレ持ってない……?」


 アレってなんだろう。

 もしかして……でも……

 違ったら恥ずかしいし、自惚れてるって思われちゃうかもしれない。

 それに、二年も前の話だし……


「なんでもないや! じゃあアップしなきゃだからまた後でね」


「ニ、ニコちゃん……これ……」


 勇気を出して渡す。

 2年前に作ったミサンガ。

 ニコちゃんが活躍出来るように願いを込めて作った。

 渡せずに、ずっと持っていた。

 ……怖い。

 また拒否されるんじゃないかって。

 ミサンガを持っている手が震えている。


 その手を優しく握って、ニコちゃんは笑顔で答えてくれた。


「ハハッ、すごいなー。ハナっち風に言うなら……テレパシーってやつだ。コレが……ずっと欲しかったから」


「ニコちゃん……」


「私さ、誰かの為にバスケやった事って無かったんだ…………」


「……ニコちゃん?」


「……見てて。キーちゃんにカッコつけたいだけなんだけど、それでもキーちゃんに見て欲しいから」


「……わ、私は── 」


「おーい清水!! 油売ってんなよー!!」


「おーっす! ごめんね、じゃ行ってくるよ!」


 ニコちゃん……私はいつも見てるよ。

 でも、今日は特別……なんだよね? 

  

 ◇  ◇  ◇  ◇


「わー! ナツ、すごい人の数だね」


「ホントだ……これ公式の大会じゃないんだよね?」


 二人が手を繋いでやってきた。

 二人は今日も仲良し。


「遅くなってごめんね、ナツがねぼすけさんだから!」


「だ、だってハナが夜あんなに激しくするから……」


 相変わらず過激な二人。 

 ハナちゃんも夏ちゃんも私と違って大人っぽくて……

 私なんか子供だよね。

 背も小さいし、お胸も小さいし。

 ニコちゃんは私の……どこがいいのかな……

 

 ……そもそも付き合っているって言うのかな?

 ニコちゃんの気持ちは凄く嬉しいけど、お互いの雰囲気で一緒にいるだけだし……

 ハッキリと付き合うとか言った訳じゃないし……

 私から……告白したほうがいいのかな……

  

「あ、コートに出てきたよ! おーい! ニコちーーん!!!」


「あははっ、ハナは元気だね。よーし、私も……ニコちーん!」


 思ったことを素直に言えるって羨ましい。

 私は手元で小さく手を振るのが精一杯。


 こっちに気がついたニコちゃんが大きく手を振る。


「わー……ニコちんに対しての声援がスゴイね!」


「うん、男女関係なく凄いね」


「ニコちゃんは……女の子から見たら格好良くて、男の子から見たら可愛いから、人気の選手なの」


「へへーん、流石我等がニコちん! 誇らしいね♪」


「始まるみたいだよ。見てるこっちが緊張するね」


 遠くから見ても分かる、ニコちゃんの手首に付いてるミサンガ。

 嬉しくて、ニヤけちゃいそう。

 私とニコちゃんだけの……


「あっ! ニコちんがボール持ったよ!! ニコちーん! そこだー! やっちまえー!!」


「ハナ、オヤジの野次みたいだよ……」


 ニコちゃんはSFのポジション。

 点を取る仕事が多い。

 

 体を揺さぶりフェイントをかけながら相手の裏を付いて抜き去る。

 派手にターンして流れるようにシュート。

 リングに当たることなく綺麗に決まる。

 格好良い……

 ……こっちを見て手をあげてる。

 

「キャー! ニコちーん!!」


「おー、カッコいいなー。私も高校入ったらやってみよっかな」


「ダメ! ナツが他の人にキャーキャー言われるのはイヤ!!」


「そんなキャーキャー言われないと思うけど……」


 ……凄く分かる。

 他の人の声援が……嫌だ。

 でも、この声援はニコちゃんが頑張ってるからであって、それを拒む権利も理由も無い。

 私のニコちゃんって訳ではないんだから。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 試合も大詰め。

 二点差を追いかける展開、ニコちゃんは警戒されてて思うように動けてないみたい。


「ナツ! あと三十秒だよ! ナントカして!!」


「えっ!? ナントカって言われても……声出そっか。頑張れー! ニコちーん!!」


 思えばこの試合、私は一回も声を出して応援をしてなかった。

 いつもそうだった。

 ただ、見てるだけ。

 頑張ってるニコちゃんを、遠くから見つめる事しかしてこなかった。

 私は……ニコちゃんが好き。

 大好きだから、もっと声に出さないと伝わらない。

 恥ずかしくてもいい。

 ニコちゃんに届いてほしいから。

 

 目一杯息を吸う。


「ニコちゃん!!! 見てるよっ!!!」


 みんなが固唾を飲んで結末を見ている最中、私の声が会場に響き渡る。

 顔が熱くなっていくのが分かる。


 その瞬間、ゴール付近にいたニコちゃんはセンターラインまで下がった。

 ノーマークになったニコちゃんにボールが渡る。


 残り三秒。

 深く下げ放たれたボールは綺麗な放物線を描く。

 音もなくゴールに吸い込まれたボール。

 試合終了のブザーと同時に、ニコちゃんは腕を挙げ一点を見つめた。

 自惚れでもいい。

 私を見つめてくれている。

 私の為のゴール。


「ナツ、動画撮ってる?」


「撮ってるよ。えー、今日はニコちんの試合。勝ちましたー。カッコ良かったでーす。ハナは今日も可愛いでーす」


「ふふっ♪ ナツも可愛いでーす! 今夜も鳴かせちゃうぞー♪」


「あぅ……」


 いいなぁ……私もニコちゃんと……

 って私は何を考えてるんだろ……  


 ◇  ◇  ◇  ◇

 

『選手代表の挨拶、清水選手お願いします』


「いやー……何にも考えてなかったな。清水でーす。勝ちましたー」


「ちゃんとやれー!」

「カッコよかったぞー!」

「清水ー!」


「ハハッ……えー……私はバスケを中一から始めたんすけど、練習試合でもどんな試合でも毎回欠かさず応援に来てくれた子がいるんです」


 それって……もしかして……


「……でも今までありがとうとか感謝の言葉を言えなかった。自分の気持ちを……伝えなきゃって思ったんです。だから、今日は彼女の為にバスケをしました。キーちゃん、いつもありがとう。こんな不器用な私だけど、これからも一緒にいて下さい。以上!」


 ◇  ◇  ◇  ◇


「いやー恥ずかしかったわー!」


「ニコちんカッコ良かったよー! 愛を感じたよ、ね? ナツ」


「うん、ちょっとウルッちゃった」

 

「ハハッ……あれ? キーちゃんは?」


「恥ずかしいってあそこの木の裏に隠れてるよ」


「私呼んでこよっか?」


「……いや、私が行く。キーちゃん、どうしたの?」


「わっ!? な、なんでも……ない……です……」


「ハハッ、なんで敬語? お弁当食べようよ。腹ペコでさー」

 

「うん……」


 恥ずかしくて顔を見れない。

 背を向けていると、後ろから抱きしめてくれた。


「最後……声が聞こえたよ。スゴく嬉しかった。キーちゃんのおかけで最後のシュートは入ったんだ」


「……私今までで声を出して応援してなかったから……凄く……格好良かったよ?」


 鼓動が速くなる。

 心臓が壊れちゃいそうなくらい。


「キーちゃん……あのさ……ちゃんと言わなきゃって思ってた事があって……」


「なに……?」


「私の恋人になって……くれる? っていうか……恋人……だよね?」


「ニコちゃん……うん! なるっ!! 私、ニコちゃんが好き! ずっとずっと好きだから、だから……」


 そのまま口を塞がれる。

 あの花火大会以来の、口へのキス。

 嬉しくて、涙が頬に流れていく。


「あーヤバいなー……あの二人がお盛んなのも分かる気がする」


「え……?」


「キーちゃんの全部が欲しくなっちゃうって事。よーし、お弁当食べよう!」


 ニコちゃんが手を引っ張ってくれる。

 私、ニコちゃんになら何をされても嬉しいよ。

 少しずつ、ニコちゃんと大人になれたら良いな。

 ……なれるよね。

 だって、私の隣にはニコちゃんがいてくれるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る