第47話 因縁和合


【大丈夫か?】


 ……もうちょっと時間が欲しいかな。

 

【この先何十年と続く人生だ。好きなだけ使うがいい】

 

 リョウコのお姉さんとの話が終わり、一人ベンチに佇んでいる。

 涙はひいたけど、多分鼻は赤いし瞼は腫れてるかもしれないし、どうしたものか。


 リョウコ……


「隣、いいかしら?」


「えっ? あ、はい……」


 教員かな?結構歳行ってそうな感じのお婆さんだけど、気品がある。


「随分と思い詰めてる顔してるのね」


「……人生色々とありすぎまして。幸せなんですけどね」


「ふふっ、そんなに若いのに?」


「……大切にしよう、って思えば思うほどこの瞬間が切なくて。私は多分我儘だから……もう存在しない人にも幸せになってもらいたいみたいなんです」


「……よかったら聞かせてもらえる? こんなお婆さんだけど、聞く事くらいは出来るから」


 ◇  ◇  ◇  ◇


「そう……記憶がないのね……」


 なんだろう、この人にはすんなりと話が出来る。

 不思議な感覚……


「だから……私は一回死んじゃったのかな。この人生は二回目で……」


「じゃあ……何も覚えてないの?」


「なにかキッカケがあると共有されるんです。自分の事なんだけど、自分じゃないっていうか……もう一人の私、的な……」


「……もう一人のあなたはとても辛い思いをしたのね。だから……幸せになってもらいたい、そういう事?」


「……それもそうなんですけど、それだけじゃなくて……私、目の前でたくさんの友達が死んだんです」


 あれ、なんでこんな事まで話してるんだろう……

 

「記憶が共有されて以来、胸が締め付けられて── 」


 他人に言っていい話じゃないのに。


「なんで自分だけのうのうと生きてるんだろうって……私だけが幸せになるのは間違ってる、罪悪感で苦しいっていつも思ってた……」


 こんな弱音、ハナにも言えないのに……


「……みんなに幸せになって欲しかった。ただ、それだけなんです」


 枯れた涙はまた湧き出す。

 こんな顔を見たら、ハナになんて言われるのかな。


 お婆さんは何も言わずに抱き寄せてくれた。

 背中を撫でてくれるその優しい笑顔に、少しずつ心が溶け出す。


「……ごめんなさい。なんでこんなに話しちゃったんだろう……迷惑でしたよね」


「……因縁和合、こんな言葉知ってるかしら?」


「因縁和合……」

 

 どこかで……聞いたことがあるような……


「もう一人のあなたはとても辛く苦しい思いをした。それはもう変えられないわよね。でも、なんの拍子かあなたと出会ったそれは、大切な縁。きっと、もう一人のあなたが願った事。いい? 偶然っていうものは無いの。今ここにあなたがいる事は必然的な事。そしてあなたがしてきた事、出会った縁が私とあなたを出会わせた。そうやって繋がってくの。大切な子がいるんでしょ? それはあなたのお友達が結びつけてくれた縁。全ては今に繋がっているの」


「みんなが……」


 リョウコは自殺する前、私に向けて動画でメッセージを残してくれていた。

 気を利かせて隠していたらしいが、今日偶然出会ったリョウコの姉がそのメッセージを見せてくれた。

 ……いや、偶然じゃないのかな。

 全ては縁が結んだ出来事。

 ハナやニコちんやキーちゃんに出会えた事。

 そして、今日こうしてここにいる事も……


 みんなが、私を導いてくれる。


【夏、先に謝っておくね。ごめん。夏が救ってくれたこの命、大切に出来なくて。弱虫な夏が勇気を振り絞って助けてくれた事、嬉しかった……ううん、本当は私が弱虫なんだ。私は……もう耐えられなくて。汚れた身体が憎くて憎くて仕方がないの。いくら洗っても落ちない汚れが………あんな奴に殺される位なら、自分で死んだほうがマシ。それだけでも少しは救われた気がするよ。夏、ありがと。それと心残りが二つあるの。私の為に夏の手を汚させた事、それから……夏のお家にみんなで行こうねって計画してたの。お家の事で悩んでた夏に何もできなくてごめん。夏は優しいから……きっと私達の事を思って悩んじゃうと思うんだ。でもね、夏の人生はこれからだから。夏は夏の為に生きて。無責任だけど、みんなで夏を応援してるからね。夏がお婆ちゃんになってこっちに来たら、みんなで茶化してあげる。だから夏、しわくちゃになるまで生きて。いつか私達の事を忘れるくらい幸せになって。みんな、夏が大好きだからね。夏、ファイト】


 いくら幸せになっても、忘れない。

 多くの犠牲の上でここに立っているから。

 いつかお婆ちゃんになって……頑張ったねって言われるように、前を向く。


「あー、泣きすぎてちょっとスッキリしました。ありがとう、お婆ちゃん」


「うふふ、いいのよ。来年あなたが来るのを楽しみに待ってるわ。ね、夏。」


「うん……あれ、なんで名前を……」


「私はあなたのお婆ちゃんだから。ふふっ、おじいちゃんから聞いてない?」


「へっ!!? 私、お婆ちゃんいたの!?」


「遠いむかーしに離婚しちゃったの。夏の七五三の時、一回だけ会ったのよ?」


 家族が……私にはまだ家族がいたんだ……


「でもおじいちゃん、家族は私しかいないって……」


「まったくあの爺は……あの人頑固で不器用でしょ? 一度離婚したらもう家族でも何でもないんだって意地張ってるの。蒼一が死んじゃった時も、葬儀すら参加させて貰えなかったのよ? 絶対に許さない。いつか刺し違えてでも墓場に連れてってやるんだから」


 いたずらっぽく笑うけど、言ってる事は恐ろしい。

 流石おじいちゃんの元妻。


「私、おじいちゃんとの事もっと聞きたいな」


「ふふっ、何年あっても足りないくらいあの爺には愚痴があるから。そうね……あれは初めて会ったときかな── 」


「あははっ、そうなの?」 




「ハナちゃん、いかなくていいの?」

「うん。今は二人だけにしてあげたいから、もう少しだけ待ってよっか。ナツ、後でいーっぱい抱きしめてあげるからね」

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