第25話 神様のキマグレ


「なんで……」


 鼓動が大きく、速くなる。

 ドクドクと血が流れる感覚がする。

 

 目線がいつもより高い。

 手も大きい。

 これは……慣れ親しんだ体。

 

 ハナと祭りに来てた筈……

 どうして……


 もしかして全て夢だった?

 いや、そんな事ないだろ。

 ハナの匂い、暖かさ、優しさ、可愛さ、柔らかさ。

 今だって鮮明に覚えている。

 

 ハナに会いたい。


 感じた事のないほどの焦燥感。


 堪らずに走り出す。


 人々の往来。


 虫のざわめき。


 雲の流れ。


 この世界は、何も変わらない。 

 

 あの神社は、ここにない。


【戻りたかったのだろう? この世界に】


 それは前の話で……

 今は……今は違う。

 

 頼むから……返してくれよ…… 


【あの場所で幸せなお主を見てると、あの子が不憫に思えてのぉ】


 訳のわかんないことを……


【その幸せは誰かの犠牲の上で成り立っている事を忘れるな。出来なければここに戻ってくる事になる】


 嫌だ────


「ふふっ、長いお願いだったね。叶うといいね♪」


 気がつくと神社の前に戻っていた。

 鼓動は速いまま。

 解離した心と身体。必要以上に、酸素を摂り入れる。


「ハァハァ……」


 呼吸をうまくコントロール出来ない。

 このままだと……


「ナツ? 大丈夫!?」


「ハァハァ……ハナ……」


 咄嗟にハンカチで口を塞いだ。 

 止まらない涙と同時に、何かが心の中に流れ込んでくる。

 

 これは……俺だけの感情じゃない。

 

 これは、夏ちゃんの分も……


「ハナ……抱きしめてくれる……?」


「うん、するよ。何時までもするから……」


 抱きしめられると、その身体から離れまいと顔をうずめる。

 ハナの匂い。

 体温、鼓動。

 

「ハナだ……ハナ……」


 求めていた安堵感。

 我を忘れ、泣きじゃくってしまう。

 自分の存在をハナに示すかの様に、声を出して泣く。


「よしよし……ナツ、大丈夫。ここにいるよ」


 ◇  ◇  ◇


「落ち着いた?」


「うん……ごめん」


 境内のベンチで寄り添う。

 離れないように握る手は、離さないように力強く繋がれている。

 

「……私ね、多分なんだけど………この世界とは少しだけ違った世界から来たんだ。こんな神社、私の世界には無かった。私は……私は……」


「……ナツ、例えナツが猫でも犬でも、地球人でも宇宙人でも、男でも女でも……関係ないよ。好きになるって、そういう事だから」


 ハナが肩にもたれかかる。

 花火の打ち上がる音。

 見上げると、空が光り輝いていた。

 

「さっきなんだけど……私、元の世界に一瞬だけ戻ってたんだ」


「えっ……?」


 驚きと悲しみ。

 ハナの表情が一瞬にして強ばる。


「もう戻れないかと思った。ハナに……会えないのかと思った」


 ハナが抱きついてくる。

 その手は力強く、そして震えている。


「イヤだよ……私、ナツと離れるのは……ナツ……」


「うん……私も。だから……この手、離さないでね」


 握る手は、互いに強く。   


「絶対に……絶対に離さないよ。ナツ── 」


 ハナは自分という存在を刻み込むかの様に、私の体を貪る。

 それが嬉しくて、だからこそ怖くて。

 

「ハナ、私……怖かった。寂しかった……」  


「うん、うん……ごめんね、ナツ……何もできなくて……」


 ハナは幾つもの痕を残した。

 確認するのように、何度も、何回も。


「私があなたに残した印だよ。今こうしてここにいるから……ちゃんといるから」


「ハナ……」 


 ◇  ◇  ◇

 

 浴衣を着直し花火を眺める。

 絡まる指は、三日三晩は離れないだろう。


「ナツのいた世界の花火もこんな感じだった?」


「うーん……こんなに綺麗じゃなかったかな」


「ふんふん、そっかぁ……」


「……好きな人と見る花火は初めてだから。ハナといると、周りの景色はいつもより綺麗に見えて……この花火は人生で1番綺麗だよ。だってハナがいるんだもん」


「ふふっ♪ ナツ大好き。ううん……ナツ、愛してるよ」


「私も……愛してる」


 二人だけの世界が、ホンモノに近づいて……

 打ち上がる花火が、舞台を彩る。


 この物語の主役は、間違いなく私達。

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