第24話 この世界、あの世界


 カツ、カツ、と響く音。

 呼応するように、遠くからお囃子が木霊する。


 日も暮れ始める街に、美女二人。

 なんて、自惚れてみる。


「鼻緒がちょっと痛いかも。ナツは平気?」


「うん、付け根をちょっとだけ離すと痛くないよ」


「……わ、ホントだ」


 仲良く手を繋いで歩く。

 他にも浴衣を着た人がちらほら。


「お祭り楽しみだね♪ 私初めてなの」 


 先を見つめるハナの横顔が、とても綺麗だった。

 これだけは、誰にも渡せない。


「どうしたの?」


「えっ? いや、その……あははっ……」


 思わず空笑いで照れ隠し。


「……私の事、可愛いって思ってくれてるの?」


 ハナが顔を近づけてくる。

 うん、可愛い。


「滅茶苦茶可愛い」


「へへっ♪ ナツのおかげだよ」


「私の?」


「……うん」


 少しだけ照れるようにハナは頷いた。


 祭り会場に近づくにつれ、人が増えてくる。

 金魚が入った袋を持った子供や、かき氷をイチャついて突くカップル。

 それにしても……こんな祭り、この街にあったか?

 思い返しても、そんな記憶はない。


「あっ、見えたよ! お店がいっぱいだね」


 路上には出店がずらり。

 その先には小さな山がある。

 それは知ってるんだけど……

 山の麓に見える巨大な鳥居。

 こんな所に、神社なんか無かったはず。

  

「何食べよっか。ワクワクするね♪」


 疑問は尽きない。

 でも今は考えるのをやめよう。

 目の前の、一人の女の子だけを見よう。


「ね、落書き煎餅でもやろっかな」


「落書きするの? わー、ナツ! 金魚だ! 確か映画でもこれ取ってたっけ」


 チラチラとこちらを見てくる。

 きっとその映画では、恋人に良い所を見せたのだろう。

 ……よし。

 

「いいよ、私がとってあげる」


 腕を捲くって気合を入れる。

 渡されたポイは、よく見ると薄い。

 女子供には厚いポイを渡してくる店もあるから期待してたけど……

 テキ屋で優しい人は少ない。

 ちなみに俺が貰ったのは7号。

 1番薄い奴で、ティッシュみたいなもんだ。


「……ハナ、何匹欲しい?」


「えっ? うーん……2匹♪」


 2匹ならとれるかな……

 見渡すと、小さめの魚が目についた。

 色がなんとなくハナに似ている。


「ハナ、見てて?」


 シュッ!


 一瞬でハナ似の金魚を掬う。

 ポイはもう破れかけだ。


「すごーい!! ナツすごーい♪」


 あー、凄く可愛い。

 ヤバいな……

 顔に出ちゃいそう。


「……」


 それに気がついたのか、後ろから覆いかぶさるように抱きついてきた。

 ハナの顔が耳の真横までくる。

 そのまま小声で……


「ナツ、今私の事考えてるでしょ」


 その言葉で、顔が熱くなる。

 耳まで熱いや……


「私も同じだからね」


 言い終わると、ほっぺにキスをしてくれて、衝動で落ちたポイは破れた。


 ◇  ◇  ◇


 袋に入った金魚を見つめて嬉しそうなハナ。


「ごめんね一匹で……」


「ううん、この金魚可愛い♪ ありがと、ナツ」


 ……幸せだな。

 間違いなく、人生で1番に。


「ハナ、せっかくだから御参りしてこうよ」


「うん、する!」


 花火はもう間もなく。

 皆神社自体に興味は無いのか、人は誰もいない。


「こうやってお金を入れて……好きな事をお願いしたり、聞いてもらったり。勿論心の中で」


 ハナは静かに目を閉じ、手を合わせている。

 俺もしないとバチが当たりそう。 


 ……でも、幸せだから。

 お願い事とか、正直分からない。


 強いて言うなら……

 神様、ハナと出会わせてくれてありがとうございます。

 

 そう心の中で感謝をし、目を開ける。


 えっ……?

 

 気がつくと、何故か夏ちゃんとの憩いの場、あの酒屋に俺は立っていた。

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