第22話 乙女戦線


 物凄い威圧感。

 正直泣いちゃいそう。


「さっきから口を開かないけど……緊張してる?」


「めっ、滅茶苦茶してます」


「へぇ、そんな声なんだ」


 全てを見透かされるような瞳。

 百戦錬磨の戦闘機に、竹槍で挑む。


 この人があの出来事を知らない筈は無い。

 何を聞かれるのかが怖い。

 逃げ出したい。

 でも…… 


 でも、俺だってハナと離れたくない。

 ハナは……

 ハナは俺のものだから。


「いい目をしてるじゃない。それくらい気迫がある女の子も珍しいけど」


「えっ?」


「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」


「えっと……コーヒーで」


「だと思った。ブラックでしょ?」


「は、はい……」


 なんだろう。

 本当に見透かされてるのかな……


 ◇  ◇  ◇


 お湯を沸かす動作、コーヒーを淹れる仕草、その一つ一つが無駄なく美しい。


 この独特な雰囲気はアレだ。

 就活の面接に近い。


「仕事柄、数え切れない程の人達を見てきたの。ビジネスを成功させる為に必死で人を観察したわ。いつからかな……人の目を見ると、その人の事がなんとなく分かるようになった。夏さん、アナタは誠実で真っ直ぐな人。きっと優しいアナタは他人を思いやるせいで、自分の事を蔑ろにしちゃうんじゃないかな。それに、大切な事をどこかに隠してるタイプね。偽って演じてる」


 鋭い……


【いーや、お主はモノホンのJC。偽ってなんかおらんぞ】


 フォローする所おかしくない?


「でもさっきの目つき……あれはいいよ。ハナの事を渡さないっていう強い意志があった」


 お恥ずかしい……


【照れてるナッチもカワエエよ】


 ちょっと黙っててくれない?


「でもね、それでいいの。人っていうのはどこか演じて、どこか偽って。芯のある人間なんかいやしないんだから。ハナの事、好きなんでしょ? アナタもあの子も、お互いどこか演じてるはずよ。それは好かれたいから、好きでいて欲しいから。そうやって……二人だけの世界を作っていく。その世界の主演はあなた達。そこで演じて……ホンモノになるの。これって何か分かる?」


「……愛?」


「ふふっ♪ さっきハナが私に逆らったでしょ? あれ、初めてなの。アナタがハナを変えたのね……あの子はアナタとの世界に夢中。お互いがお互いの色に染まってるんじゃないのかな……ねぇ、ハナとの生活、ちょっと聞かせてよ。アナタの口から聞いてみたい」


「えっと── 」


 出会ってからのハナとの毎日。 

 俺なりに、自分の言葉で。 


「そしたらハナが── 」

  

 話しているうちに、俺も思い返す。


「で、一緒に── 」


 まだ出会ってから、日は浅いけど……


「ハナは── 」


 それは、かけがえのない大切な日々。

 訳のわからない出来事が続く毎日、隣ではいつもハナが笑ってくれていた。


 いつも、私の名前を呼んでくれた。


 その尊さに、自然と涙が出てきてしまう。


「ごめんなさい、なんでだろう……」


「ふふっ……本当にハナが好きなのね。そんなに可愛い顔されたら、何も言えないじゃない?」


 無邪気な顔で微笑むハナママは、ちらりと二階を見上げた。

 階段をドタドタと駆け下りる音がする。 


「もう我慢出来ない! ナツー!! あれ? なんで泣いてるの!? ママがナツを泣かせたの!?」


「いやっ、これは……」


「そうよ、ママが泣かせたの。可愛くて虐めたくなっちゃったから」


「私のナツなんだからね!! ママだって許さないんだから。ナツ大丈夫だよ、私が一緒にいるからね」


「あの、ハナ……これは………」


「あらあら、もうホンモノになっているのかしら」


「ホンモノ? なんの話?」


 ◇  ◇  ◇


「ママに認めてもらえて良かったね♪」


 ハナのベッドで、寝る前の女子トーク。

 鼻歌を歌いながら足をパタつかせるハナが、とても愛しい。   


 ここは二人だけの世界。

 演じて……いつかホンモノに……


 俺も、いつかはホンモノの女の子になるのかな。

 なれるのかな。


【モノホンだと言ったでしょうが。ホレ、やってみんしゃい】


 ……よし。


「ハナ……私……」


 甘い声と、甘い顔。

 ハナを誘惑してみる。


「ナツ……どうしたの? 甘えたくなっちゃった?」


「うん……ダメ?」


 とびきりの、可愛い。


「可愛い……食べちゃうぞー! なんちゃって♪」


「いいよ、ハナ。食べて?」


 そう言って胸のボタンを外す。

 こうなったらもう……


「ナツ……もう止められないよ── 」


 案外女子になりきれてる気がして。

 恥ずかしい気持ちもあるけど……

 可愛い自分を受け入れつつある。

 

「── 」


 この甘い甘い世界に、どっぷりと浸かる。

 シーツを握りしめている手をハナが解いて、優しく握り直してくれた。

 ハナの甘くて優しい顔を見て、涙が出てきてしまう。


「……痛かった? ごめんね、大丈夫?」


「ううん、これは……幸せな涙だよ」


 こんな言葉が自然に出てくるとは。

 

 俺こと私、葉月夏。

 順調に乙女になっている。


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