第19話 二人分を二人で


 どこかで聞いたことがある話。それは幸せな体験をすれば、揺り戻す様に不幸せなことが起きると。大なり小なり……なんて、それはそれでいいんだけど。何も今来なくてもいいじゃん。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 念願のハナとの旅行。電車に揺られ、のんびりと。ご当地グルメを楽しみ、恋人岬で鐘を鳴らして、夕焼けを背にキスをした。

 幸せすぎる時間。その日の夜……夢を見る。


 いつも見る夏ちゃんの記憶。

 でも今日は……違った。


 目の前に横たわる女の子達。皆大量の血を流し微動だにしない。何故か……彼女達の名前が分かった。

 ミオ、メグ、りっちゃん、まいまい、ユリ。

 皆んなとの思い出がハッキリと思い出せる。

 

 そして……リョウコの上に跨っているこの男が、皆んなを犯して殺した。

 私はメインディッシュだから最後だとか、訳の分からない事を言われていた。

 まとめ役だったリョウコが、必死に私に叫び続ける。


「夏逃げてっ!! 私が時間稼ぐから!! 早く!!!」


 リョウコは殴られ続けながらも、私の事を心配してくれた。足が竦んで歩けない。四つん這いで逃げようと藻掻く。

 後ろでリョウコの悲鳴が聞こえる。

 ふと目をやると……ナイフが落ちていた。

 皆んなを刺し続けたナイフ。

 

 その後は、無我夢中だった。


 ナイフを手に取り、リョウコを犯している男を刺し続けた。

 

 何回も、何十回も。


「夏……どうして……逃げってって…………」



 ◇  ◇  ◇  ◇



「ハァハァ……ハァハァ……」


 俺が…………殺したんだ。   

 夏ちゃんが、私が。


 汗でびしょ濡れになっている浴衣。

 それとはまた別の不快感にも襲われて、部屋の隣に備わっている露天風呂へと向かった。


 ◇  ◇  ◇  ◇

 

 自分の手に血がついているという錯覚。

 何回も、何回も洗ってしまう。

 

 くそっ…………


「ナツ、大丈夫?」

「…………ハナ」

「ここじゃ寒いから早くお湯の中入ろ?」

「…………うん」


 ハナは優しく手を取り、湯の中へ案内してくれた。その温かさに、崩れゆく心は既の所で止まっていた。

 

「大丈夫だから。私がいるよ」

「…………ハナ……私……」

「……思い出したの?」

「うん……なんとなく……」

「そっか……」


 静かな夜、手を繋ぎ露天風呂に浸かる。

 月は見えず……空は暗い。


「私ね、ナツの事調べてたの。二年前にあった事件……中学生五人と犯人一人が死亡、その後当事者の中学生一人が自殺」


 私とリョウコだけが生き残り……その後リョウコは自分で命を絶った。


「もう一人、生き残った中学生が犯人を殺害したんじゃないか……それが原因で自殺者が出たんじゃないか……みんなネットで好き勝手言ってた」


 そう、私が殺したんだ。

 あの暴漢も……リョウコも。

 

「私はまだ日本に来る前だったから知らなかったけど……有名な事件だったみたい」


 ハナは何を思っているのだろう。

 もしかしたら俺の元から去ってしまうかもしれない。そんなの……耐えられない……


「お月様でないかなー」

「……えっ?」

「一緒に見たくて。明日は見れるかな?」

「ハナ……」

「明日見れなかったら、来年。来年見れなかったら、再来年。もし見れたら、その次も一緒に見ようね」

「どうして……何も聞かないの?」

「どうだっていいもん。ナツは……ナツは私の大好きな人。何があってもずっと一緒って言ったでしょ? ナツの全部、受け入れるから。だから安心して。私は隣にいるからね」


 涙で前が見えない。

 ハナが優しく抱きしめてくれると、この身体に留まっていた何かが少しずつ動き出した。

 

「ハナ……ありがとう……」


 少しだけ共有された記憶達に改めて痛感させられる。俺は……葉月夏とナツ、二人分の人生を背負っているのだと。

 もし周りに誰もいなかったら……一人分も背負えやしなかった。でも俺には、私にはハナがいてくれる。それだけで……それだけで心が晴れていく。前に進んでいける。


「好きでいてくれてありがとう……」


 だから大丈夫。

 どんなに辛い事があっても……隣にはハナがいてくれるから。


「ナツ……」


 ハナの目からも溢れる涙。

 その青い瞳は、揺れる涙と反射する月明かりで美しさを増している。


「ふふっ、ごめんね。泣いてるナツも大好き。好きすぎちゃって……泣いちゃった」

「ハナ……私も──」


 どこかで聞いたことがある話。それは幸せな体験をすれば、揺り戻す様に不幸せなことが起きると。

 でもそれは逆も然りなのだと、火照った身体が理解していた。


「ナツ、いい?」

「うん、ハナになら何されてもいいって……前に言ったでしょ?」

「ふふっ、可愛い。唇が震えてるけど?」

「だ、だって……初めてだし……」

「……私もだよ。ナツが最初で最後なんだから」


 この体になって初めて、身も心も本当の意味で女子になれた気がした。

 

「ナツ可愛い……子猫みたい」

「だって……ハナが……」


 次に揺り戻しが来る時が怖いくらい、幸せで満たされる。

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