第16話 恋人と
「ナツー、キャー♪」
ウォータースライダーで楽しむハナ。
誰よりも楽しんでいるその笑顔が眩しい。社会に出て数年。純粋に何かを楽しむ余裕が無くなっていたから……
【屁理屈ですな】
結局歳取ると素直になれないんだよね。
「ナツはやらないの?」
「楽しそうなハナが見れたから私はいいかな」
「あっちのは二人で出来るやつだから一緒にやろ、ね?」
「……そうだね、じゃあやろっかな」
腕を組んで小走りで誘導される。
わぁ……柔らかい……
【エッッッッ!!!】
「ねぇねぇお姉さん達、二人で来てるの?」
小麦色に焼けた肌。鍛え上げられた上半身、ワックスで固められた自慢のオールバック。
自信に満ち溢れた白い歯がこんにちは。
【プルゴリですな】
ある程度は想定してたけど、凄い奴らが来たな。
「だったらなに?」
「俺達も二人だからさ、せっかくだし一緒にどう?」
ハナに何かしたらその無防備なキンタ○を蹴っ飛ばしてやる。
なんて思ってたのに……ハナは俺の腕を抱きしめ、冷めた口調で──
「残念だけど恋人と来てるから。ナツ、行こ」
「う、うん……」
バッサリと言い切り、その場をあとにする。
この前ナンパされた時は震えていたのに……今はなんだか逞しくて、女々しくもその腕を抱き返してしまう。
「あー緊張した。やだね、男の人って」
「あははっ。でもハナに恋人がいたら嫌だなぁ」
「その……ナツが私にとって大切な人っていうか……恋人っていうか……っていうか……」
っていうか可愛い。
「……じゃあ今日は私達恋人だね」
「うん!! ふふっ♪」
嬉々と腕を組み、顔を擦り寄せてくるハナ。
どうしようもない程に愛しくて……堪らず頭を撫でると、ハナは耳を赤く染めながら鼻唄を歌っていた。
日が照ってきたので、パラソルの陰の下かき氷を食べる。
「ナツ、あーん」
「あ、あーん……」
「美味しい?」
「うん……その……恥ずかしいかな……」
「今日は恋人なんだから。はい、あーん」
「あーん……」
雛鳥に餌を与える親鳥のように、ハナは何度も何度も口に運んでくれる。恥ずかしいけど、その数だけハナの想いが伝わってくる。
もしハナが本当に恋人だったなら……どれだけ幸せだろうか。
「わ、私が今度はやるよ?」
「ダメ。私がナツにするの。ナツは……ナツは私のものなんだから」
「う、うん……」
胸の奥が疼いている。
こんな状況なのに幸せを感じてしまう。
いいのだろうか。
この人生は……誰のもの……
「ナツ、また来ようね」
「うん、またね」
「帰ったら恋人の続きだからね♪」
俺の……私の……葉月夏のもの。
「……いつまで恋人でいてくれる?」
なんでこんな事言ってるんだろう。
「いつまで……私といてくれる?」
口が勝手に……
「……死ぬまで一緒だよ、ナツ。何があっても」
お互いに吸寄せられ、気がつくとキスをしていた。
もう止まれない。
「ハナ……好きだよ」
「私も……ナツ、大好き……」
まだ少し濡れた髪。
蒸せるアスファルトの照り返し。
蝉の鳴き声、夏の匂い。
日傘の下……恋人と、手を繋ぐ。
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