第12話 少しずつ
「ハナの作るお弁当はいつ食べても美味しいなー」
「ふふっ♪ ホント?」
「うん、幸せ」
「……じゃあ毎日作ってあげる」
「毎日……」
「ナツがお婆ちゃんになるまで……なんてね♪」
冗談なのか、本気なのか。
……そんなのどっちでもいいや。
過る期待と不安。
きっと全てを抱える事は無理だ。
いつか何かを捨てなければいけない。
その時俺は……
「ナツ、今日は何の日か知ってる?」
「今日? えー……なんだろう?」
「ふふっ、今日はハナキンって言うらしいよ? 昔はそう言ってたんだって」
「ハナキン……」
あぁ、花の金曜日か。
昔ね。
「学校終わったらお出かけしない? 私ナツとお買い物したいの」
「うん、いい……あっ……」
でもお金持ってないしな……
【タカるのだ】
前もそれ言ってたよね。
【放課後にJC二人でお買い物とか……ァァァ!! イイッ!!! イグッッ!!!】
人の頭の中で絶頂しないでくれる?
「でも私お金ないし……」
「お嬢様、こちらをお使い下さい」
「なっ……フジさんどこから出てきたの?」
「組長からお嬢様へのお小遣いだそうです」
渡されたのはクレジットカードと封筒。
うわぁ、このカードブラックだ……
初めて見る……
それに不自然な程分厚い封筒。
っ!!??
「フジさん、こんなに貰えないよ!?」
「受け取って下さい。どう使うかはお嬢様の自由ですので。暗証番号は封筒の中に入っています。では……」
幻の如く消え去る。
伊賀か甲賀か……
「こんなに貰ってどうすりゃいいのよ……」
「クレープいっぱい食べれるね♪」
「……あははっ、そうだね」
俺は深く考えすぎなのかな。
……もっとシンプルに。
「私チョコバナナー♪」
「じゃあ私は全部乗せしよっかな」
「ずるーい私もー」
お互い嘘のような本当のような。
でもこの笑顔はホンモノだ。
◇ ◇ ◇
「これ絶対ナツに似合うよ?」
「そ、そう?」
駅近の商業施設に来た。
何度も来た所だが、この姿で来ると新鮮である。
「ね? ほら着てみてよ」
「いや、でも……」
スカートとかこんな可愛い服は抵抗感が……
制服でさえ嫌なのに。
「どうしたの?」
「その、恥ずかしいっていうか……」
「ナツ可愛いから大丈夫だよ?」
「うん……」
むず痒いけど、可愛いって言われるのは嫌いじゃない。
「……じゃあお揃いで着ようよ! 先に買って着替えるから。ね?」
「ハナ……」
◇ ◇ ◇
「ふふっ♪ナツとお揃いだー」
ご機嫌なハナ。
恥ずかしいけど、ハナが喜んでくれるならそれでいいや。
【うんうん、尊い尊い……イグッッ!!!】
やめーや。
「ナツ、凄く可愛いよ」
「あははっ……うん……」
「ナツは……どんな人が好き?」
「どんな……分かんないけど……もし男だったらハナと付き合いたいな」
「…………」
「ハナ?」
「ちょっ、ちょっとトイレ行ってくるよ!!」
「……?」
◇ ◇ ◇
ハナがお花を積みにいったので、プラプラとする。
ふと目に入った大きな鏡を見る。
……確かに夏ちゃんは可愛い。
今はこの身体を借りてる訳で、俺自身が可愛い訳ではない。
【いやー可愛いよ! kawaii!! お主はカワ(・∀・)イイ!!!】
……俺が夏ちゃんじゃないなら、俺は誰だ?
俺という存在。
考えれば考えるほど──
「鏡を覗き込んでどうしたの?」
「ハナ……いや、私って誰なんだろうって思って」
「ふふっ、ナツはナツでしょ? 分かんないなら教えてあげよっか?」
「えっ──」
それは不意に訪れる。
甘くて優しい口づけ。
「私が大好きな……私にとってかけがえのない人。それがあなただよ」
この日の言葉はきっと忘れない。
忘れられない。
「クレープ買いに行こ? ナツ♪」
「……うん」
葉月夏。
少しずつ……
染みていき、染まっていく。
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